怒りブログ。 -12ページ目

本当の厳しさ。

私は、あまり人を褒める

タイプではないが(笑)

褒めない=厳しい、

ということではない。

そもそも厳しさというのは

他人から与えられるものではない。

自分自身と向き合って

初めて生まれるものである。

時々、厳しい環境に身を置いて、

という言葉を聞くが違和感を覚える。

そういう人は、

どこかで他人に依存しており

自分自身との向き合い方が

甘い人である。

プロジェクトの滞留。

プロジェクトを始めて

しばらくすると

滞ったり、スピードが落ちたりする。

本筋と関係ないところで

時間を食ったり、

強い自信を持って

進められなくなったりする。

そうした時には、

最初に立てたストーリー、仮説に

立ち戻る必要がある。

何のために始めたプロジェクトなのか

なにをしようとしていたのか

足りない部分があれば


ストーリー自体を

補強していく必要がある。

人を集めました会議。

部屋からあふれんばかりの人数で

ミーティングしている光景を

見ることがある。

会議の目的が明確ならば

必然的に人数は絞られるはず。

とりあえず、


関係者集めました的な会議は

ほとんど意味をなさず

時間と労力と活力を奪うだけである。

電灯が付かない。

問題解決のアプローチには


いくつかのステップがあるが


ステップを飛ばしてしまうと


問題解決はできない。


たとえば、分析を十分に行わず


施策ありきの問題解決になってしまうケース。


施策さえ打てば、何とか問題解決できるはず


という思い込みがある。


だが電灯が付かないからといって


電球をいくら新品に取りかえても


そもそもコンセントが


外れてしまっていては問題解決にならない。


問題解決どころか


時間とコストのロスを生むだけである。


コーチの役割。

ゴルフレッスンに通っているのだが

自分の映ったビデオを見ると

何が問題かすぐに分かる。

すぐに直そうと取り掛かるのだが

なかなかうまくいかない。

そこでコーチの登場である。

コーチは、

問題を指摘するだけでなく

なぜそれが起こっているか

それが何を引き起こすのか

どう改善すればいいか

明確に教えてくれる。

問題を指摘することと

解決することは全く違う。

問題をみつけて

解決したと思い込むことほど

危険なことはない。

100円のボールペン。

100円のボールペンだと

すぐに失くすが

3万円のボールペンだと

失くさない。

人からもらった0円の

ボールペンはどうだろうか

高いお金を払うということは

決して悪いことばかりではない。

表面上の値段ではなく

その裏に潜む価値を見出したい。



失敗から得るもの。

失敗したことや

うまくいかなかったことの中にも

必ず役立つものが隠されている。

野球のバッターのたとえが

分かりやすいが

3割から打率を上げていくには

残り7割から打率を

奪ってくるしかない。

3割だけ見つめて

一喜一憂していても

可能性は広がらない。

失敗から何を生み出すか

常に考えたい。







ようやく理解。

本を読むときも

先に要約が読んでいると

すっと頭に入ってくる。

逆に要約がないと

文字をたどたどしく読む感じで

イライラがつのる。

これは、話す内容も同じで

最初に要約があると話が早い。

情報が溢れている時代だけに

要約力が求められている気がする。

過ちを繰り返す人。

失敗してしまったことは


仕方がないが


その原因と対策を追求しなければ


また同じ過ちを犯してしまう。


失敗したことへの


リカバリーや対応に一生懸命で


原因と対策ができてませんでした、


というのは言い訳にもならない。


あんな大変な目にあったのに


と思いながらも


懲りずに過ちを繰り返している人は


このパターンである。


何が原因なのか?


その問題は解決したのか?


それが徹底できていなければ


ほっとした瞬間が


次の失敗へのスタートである。


間の魔。

やると決めたことを

じっくり時間をかけて

慎重にやろうとする人がいるが

時間軸を忘れてはならない。

やろうと思ったタイミングと

やれるタイミングは違うということ。

間が発生するということ。

この間にも

刻一刻と変化が生じている。

タイミングが遅れれば

現実とのギャップが大きくなり

そもそも実行が難しくなる。

間に潜む魔に気をつけたい。