いろいろ人生の岐路に立ったときのひとつ。
45歳の時に、水泳の市検定試験を受けました。
北海道の学校ではプール水泳を習うことは無く(暖かい時期が短いため)、
新潟へきて、子供の手が離れたころに、友人と水泳を一から始めました。
楽しいですね水泳は。
共同でするスポーツじゃ無いところが性格にも合っているのかも。
顔を水に着けることもできなかったのが、4泳法をマスターして、
飛び込んで、バタフライ、 背泳、平泳ぎ、クロールと 貰ったタイムは??
あらー、前の人とほとんどタッチの差くらいの筈が、9秒も離れている・・・・・・
おかしいなあ・・と考えつつ、みんなと食べたラーメン
味がしませんでした。
6年間習った水泳から離れて、次のステップに進むための
ほろ苦い思い出です。
でも水泳は一生できるスポーツですので、今後も楽しんでやります。
今は孫たちに、ドル平泳法を教えたいなーと思っています。
ところで、ラーメンの味がしなかった理由ですが、
いまの仕事になってから解ることは
緊張で、背中や体全体の筋肉の緊張が起きたためです。
頸椎も緊張したでしょうから、当然味覚も感じなかったのでしょう。
水泳をしながら出来る仕事として、やっていたのが早朝の新聞配達でした。
でもこのことがショックで、一年4か月で終了しました。
この後に着物の営業を始めます。
身体の治療の仕事は、まだ3年半の後からになります。