昨日の記事で書いた『介護保険負担限度額認定』
最初にこの制度を知ったのは、去年母が初めてうちに来た時。
その時点ではショートの利用が少なかったし
別居しても、父と母が婚姻関係にある事は事実だから仕方ないと思っていた。
しかし、母がアパートに暮らすとなると当然ながら経済的な問題が出てくる。
どこか切り詰められるところはないか?
安く済ます方法はないか?
を考えてたら、この制度を思い出した。
よくよく考えてみると、この2年、母にとって父と別居して生じる不都合が何もない。
ここでもし離婚したとしても、父と母の状況は何も変わらない。
母はアパートに暮らすし、私は介護する。
父はひとりで悠々自適に暮らすし
父と母のお金の管理は全て私。
保険の手続きなどはしなければならないだろうけど
それは離婚しなくてもやろうと思ってたから問題じゃない。
そうすると、唯一の問題は本人達の気持ちか…。
初めに母に確認した。
あんな目にあいながらも53年間一緒にいたのだ。
やっぱり気持ちの整理がつかないかもしれない。
母が躊躇したら、もちろんやめようと思っていた。
母は離婚をためらわなかった。
あとは父に話すだけだ。
母が老健を退所する少し前、私は一晩実家へ行った。
実家にある使っていない台所用品なんかを、母のアパート用に持ってくるためだ。
もちろん父にアパートの件は言わずに。
そして、その時父に離婚の話を切り出そうと決めていた。
母が退所すること
退所後は、県外の私の家の近くに連れて行くこと
今度の施設は、本人と家族の資産状況を調べられて、それによって利用料金がかわる。
ということを伝えた。
(注:母が退所する以外は作り話です)
お金に対してかなりの執着を持っている父は
自分がお金を払わなければならないと思って、離婚を快諾するだろう
と予想した私の作り話に、一つ返事で『籍を抜こう』と言った。
今まで母は、何度離婚届を破り捨てられてきただろう。
それが今回は、あまりにもあっけらかんと了解した。
こんな出来事があった。
母が急性期病院を退院することが決まった時のこと、母から私に一枚のメモが届いた。
そこには、
『私の入院費は、全て私の貯金から払え。』
『私が病気になってかかったお金を、親父名義の貯金から払ったら何を言われるかわからない。』
と書かれていた。
私はメモを握りしめて車に戻り、しばらく動けなかった。
2年前のことだ。
父が離婚を了承してから3週間後、私は再び父のもとを訪れ
離婚届にサインしてもらった。
その2日後、母と一緒に市役所へ離婚届を出して受理され
無事に介護保険負担限度額認定の申請も済ませた。