満月の夜には、あの夜を思い出す。








満月を見ると、例の音楽が流れ出す。




あの夜を思い出し、甘美な感覚が蘇る。




そして、胸が苦しくなる。











満月を見る度に、夢中で満月を追いかける。
















未だに殆ど知らない彼女に、恋をしている。




まるで幻想を追い掛けている様な気持ちになる。




満月の夜には、知らず知らずのうちに満月を追いかけている。



そうしては、あの夜のカウンターの感触を微かに思い出す。




今となっては、それは現実感をあまり伴わずにいて、満月を見上げる度に、また夢とうつつを行き来する。 








離れてからも、満月を見る度に、いつまでも幻想を追い掛けている。



時に幻想の正体を確かめたくなるが、それは記憶の中で雲を掴む様に実態を伴わず、ふわふわとしている。



ふわふわとした中で、それはいつまでも正体を表す事が無く、延々と幻想の中を彷徨い続ける。




そして、恋というものが苦しいものだと初めて知る。







あの頃、バーに通いながら、夢とうつつを行き来していた。




最初にバーの扉を開いた時から、おそらく、幻想の中に誘われていた様に思う。




あれから二年が経つが、未だに幻想の中を彷徨っている自分が居る。


 
「ゆめうつつなバーの記憶」




バーに通い詰めた日々を思い出す時、夢かうつつか分からない曖昧な記憶となっていて、それは、あまり現実感を伴わずにいる。







そうした感覚を辿っていると、もしかしたら自分は既に死んでいるんじゃ無いかという、不思議な感覚に陥りそうになる。




もう何年も前に命を落としていて、それに気付かずに魂だけが、この世を彷徨っている。




魂がバーに導かれ、そこで、同じような魂達に出会った。




バーに通ったのは、ほんの半年くらいだったが、そう感じるくらい、異次元な感覚を、日々感じて
いたのを思い出す。




「異次元のバーとクセが強い愛すべき面々」




 
離れてから何度かバーを訪ねたが、既に、あの頃感じた様な異次元の感覚を感じなくなった。




自分以外にも、そのバーの異次元さを感じていた人が居た事を考えると、今でもそのバーは異次元と繋がっている様な気がする。




今でも覚えて居るが、そのバーは、いつも通っていた路地に忽然と現れた。




当時、日々酒に酔い、夢とうつつを行ったり来たりしていた自分の波長と、バーの異次元の波長が同調したのだと思う。




そして、異次元のバーの彼女に恋をした。




やがてバーを離れ、夢うつつでは無くなった自分は、異次元とは繋がれなくなってしまったのだと思う。




それなのに未だに、満月の夜には、異次元に居た彼女の幻想を追い続けている。









満月の夜には、知らず知らずのうちに満月を追い掛けている。


 
満月を見上げ、甘美な記憶を呼び起こしては、少し胸が苦しくなる。




と同時に、あの頃、夢とうつつを行き来していた日々を思い出す。




今は、日々生きている実感があるが、あの頃は夢とうつつ=生と死の狭間に魂が居たのかも知れないなんて思う。




バーで、夢とうつつを行き来していた自分を微笑んで見つめていた彼女が、そこに居た。




それは、いつしか幻想となり、未だにその幻想に囚われ続けている。




それは満月の夜には思い出す、切なく甘美なる恋の記憶。