釧路地方気象台が5月3日にエゾヤマザクラの開花を宣言した。1月5日に沖縄県宮古島でヒカンザクラの開花が観測され、3月29日の東京など3月下旬から全国各地でソメイヨシノの開花宣言が相次ぎ、桜前線は北上、4カ月かけて日本列島を縦断、釧路が気象庁の全国58観測地点の最後の開花宣言だった。

 

 桜の開花宣言を全国各地で人々は待ち望んでいるようで、テレビのニュース番組などで大きく取り上げられる。開花宣言から満開宣言まで毎年の重要な季節ネタとして定着し、開花した桜を見に訪れた人々や桜の木の下で飲食を楽しむ人々の様子などは毎年必ず報じられる。

 

 桜を愛でる風習の歴史は長い。多くの歌人が桜を題材にしたり、桜に伴う風情や感慨などを詠んできた。例えば、「百人一首」を見ると次のような和歌がある。

 久かたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ(紀友則)

 いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな(伊勢大輔)

 諸共に哀れと思へ山桜花より外に知る人もなし(大僧正行尊)

 高砂の尾上の桜さきにけり山の霞たたずもあらなん(前中納言匡房)

 花さそふあらしの庭の雪ならでふり行くものは我身なりけり(入道前太政大臣)

 

 平安時代にも開花を待ち望んで人々はソワソワしていたのか、伊勢物語の桜を詠んだ2首が知られている。

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(在原業平)

 散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき

 小野小町の次の歌も知られている。

 花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに

 平安末期の武将の源頼政は朝廷警固に当たっているとき、ヌエを退治したとの伝説があるが、歌人としても知られ、山桜を詠んだ歌が知られている。

 深山木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり

 旅と歌に生きたという西行法師は桜の歌を多く詠んだというが、最も知られているのは次の歌だろう。

 願わくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃

 

 鎌倉時代の源実朝も桜を詠んでいる(金槐和歌集から)。

 桜花さける山路や遠からむ過ぎがてにのみ春の暮れぬる

 み吉野の山したかげの桜花咲きてたてると風に知らすな

 桜花咲き散る見れば山里にわれぞおほくの春は経にける

 木のもとにやどりはすべし桜花ちらまくをしみ旅ならなくに

 さくら花さくと見しまに散りにけり夢かうつつか春の山風

 行く水に風のふきいるる桜花流れて消えぬ泡かとぞ見る

 空蝉の世は夢なれや桜花咲きては散りぬあはれいつまで

 

 桜を詠んだ歌はないともいう石川啄木だが、花を詠んだ歌はある。

 花咲かば楽しからむと思ひしに楽しくもなし花は咲けども

 花散れば先づ人さきに白の服着て家出づる我にてありしか

 花びらや地にゆくまでの瞬きに閉ぢずもがもか吾霊の窓