沙耶から電話があったのは、小雨の降る深夜だった。僕は自宅のワンルームに居て、パジャマ姿で灯りを消し、BSで映画を観ていた。
なんということはない深夜映画だ。天国までの300マイルとかいうポーランド映画で、陰気だが妙に辛辣な身に迫る映画だった。その雰囲気に呑まれていた。
六月で、必要な物以外は置かないようにしている部屋では、壁一面にテレビの発光するRGBが広がっていた。
真っ暗な部屋でテレビを観ると不思議な現象が起きる。壁に映された僕の影が、赤と青にぶれながら、二重の影となって、まるで昔の立体映画を、左は青、右は赤のゴーグルを着けないで観覧しているようになる。
自分が、映画の登場人物なのかと錯覚してしまう。
「エージ? 久しぶり」
電話ではそんな声がした。
映画のシーンは、ポーランドの寒村の兄弟が、ベルリン行きの貨物トラックの下にへばり付いているというものだった。
「どうしたの」
「初めに言っておくけど、寄りを戻したくて電話したわけじゃないのよ」
「うん」
人と話すときに、僕はあまり饒舌にはなれない。というよりも、えてそうしない。
だからよく他人から「無関心な奴だ」と言われる。
本当は逆だ。喋ると文の前後をチャンポンにしてしまい、相手に迷惑をかけてしまう。なぜ自分がそんななのか。その理由に、関心がある。
沙耶の男っぽい低い笑みが零れた。
「相変わらずぶっきら棒ね。嫌いじゃないわよ」
「それで、用件ってなんなのかな」
「うん、あの……ね、ヒトミのことなの」
「ヒトミ」
無意識に、抑揚のない声で呟いた。
「実はね、彼女、入院した」
「ニュー、イン」
沙耶の声は異星人の電波みたいに空疎に反響した。