(山梨県・巖道峠からの富士山)
梅雨入りして急に気温が低くなり、また長袖を引っ張り出しています。散歩道のあちこちで紫陽花が咲いてきています。
最近は青やピンクなど綺麗な色が多くなりました。でも故郷に自生している額紫陽花も好きです。実家の小さな火口の崖一杯に額紫陽花が咲いているのを見た時は感動しました。
私が6才の時,父の仕事の都合で南の島へ住むことになりました。そこで最初に出会った生き物は蛇(マムシ)でした。私が歩いていると後ろから母が切羽ずまった金切り声で「動いちゃダメ!戻って来なさい」との声がして、2,3m先を見ると、ぐにゅぐにゅと動いていたのが蛇だったのです。背筋が凍るような感覚がして、いまだに蛇は苦手です。その後、私が小学生の低学年の頃、我が家にメリーと呼ぶ犬がきました。初めての身近な動物でした。その犬が4匹の子犬を生んだのです。当時は犬は紐で繋がれていませんでした。犬は番犬として、また猫はネズミを捕るために飼われていました。今のようにペットとしての扱いではありませんでした。(もちろんペットショップや動物病院もありません。)人間には知恵があり動物にはそれはないと大人たちはいい、私も信じていました。メリーが生んだ4匹の子犬はまるまるフワフワで可愛いかったのです。4匹は我が家の庭や納屋でメリーの乳ですくすくと育ちました。
しかし、乳離れした頃に貰い手が現れて、同じ日にそれぞれ大人や子供が我が家に来て、子犬たちを抱いて帰っていきました。
近くても山のほうの1キロぐらい上、遠くは3キロも離れた家に貰われていったのでした。
その夜雨が降り出して、いつもは外で寝ているメリーは家の玄関の中に寝ていました。次の日の朝早く玄関先で子犬のキャンキャンと鳴く声がして、家族は目を覚ましたのです。
小雨に濡れながら、なんと4匹が揃って帰ってきて玄関先に手をついて鳴いていたのです。「すごいね。なんて賢いのだろう。」と私は子犬の、持つ能力に驚いたのです。
子犬達は今度は箱の中に入れて連れていき、少しの間は紐でつないでいたようで、帰ってはこなかったのです。
私はその時に動物も人間と同じように考える能力があることを理解しました。その後実家には猫がいつも数匹いました。ネズミ退治だけでなく話しかければ反応することに気が付いたので、私はチロと名付けた猫と友達になりました。夜は布団で一緒に寝て、出かける時は学校の入り口の木の上まで、付いてきて、帰りの時間にはまた木の上で待っていました。(その頃私は友達よりもチロといることで、心の調和がとれていたように思います。)
当時は動物虐待などという言葉はあまり言われ無くて、人間は平気で動物を物扱いして、虐待していました。
でも私の親はメリーが死んだときに母は泣いていたし、父も猫に話しかけるような人だったので、そのことに感謝しています。
動物たちも霊的な能力をもっていて、人間が愛で接すると、愛で答えてくれます。亡くなったあとで、瞑想中に姿をあらわしたり、ミディアムにリーディングをしてもらうと、姿を現して、生前のことを伝えてくるのです。相談者との関係を、詳しく伝えにきてくれます。
「あの時あなたはこんなことをしたけれど自分としては本当はこうしてほしかった。」とか、愛犬が癌で苦しんでいるのを見るのがつらいので、安楽死を医師にお願いした飼い主がその後、そのことを後悔していると、その愛犬が現れて「あなたは愛情から、安楽死を選んでくれたので、恨んではいません。今は痛みから解放されて楽しく幸せに暮らしています。」とのメッセージを送ってくれたこともあります。
我が家では子供が小さい時に捨て猫を拾ってくるので、いつも5,6匹の猫が同居していました。出入口を作り一日2回の餌やりだけで、トイレは家の周りの林や畑で済ましていました。
耳が聞こえなかったり、体が不自由な猫でも、死期が近づくといつの間にか静かに居なくなりました。皆で探しても見つかりませんでした。
今でも不思議に思います。どこへ行ったのでしょうか?
私がアイイスで学び始めて瞑想中に以前に飼っていた猫の名前を一匹づつ呼んでみたのです。なんと顔が大きいボス猫はその大きな顔だけが現れて、ボス猫の子供を産んだ雌猫はふわっとまるい、後ろ姿が可愛いと言われていたのですが、その後ろ姿を見せてくれました。
沢山の猫を飼いましたが、その全部があらわれたのでは無いのです。多分私との縁が強い猫だけだと思います。
小桜姫も光の世界で愛馬との出会いを述べています。愛情で結ばれた動物とはあちらでも仲良くしているようです。
アイイスの仲間は皆さん動物に優しくて、犬や猫に深い愛情をそそいでいます。これもスピリチュアル・レッスンの一つなのでしょうか。
この世で動物達を虐待して、殺した人達は光の世界へ還った時はどうなるのでしょうか?
(山梨県道志村・雌滝)