(高幡不動尊も春でした。)
1週間ぶりに東京から島に戻りました。心配なのは猫達のことでした。強風で雨が続くと地域猫達はどこかでじっと雨が上がるの待っています。そんな日が続くと心配ですが、天気が回復するといつもの姿でやってくるのです。逞しさが人間と違います。
私が島に帰るとすぐに私が家にいることに気が付いて以前のように朝からやってきます。雌猫のチャトラと年寄りのぶちです。あとは私の顔を見るだけで餌は食べないキジトラの雄です。ところが島に帰るとすぐに、生後1年もたたないチビ猫がおどおどと目を丸くして現れました。用心深くあたりを見渡しながら、餌の皿に近寄ってくるのです。からっぽの皿に餌を入れて置くと近寄ってきて、私がガラス戸を閉めたのを見届けると皿に顔を突っ込んで食べていました。食べ終わる頃に、いつもの猫が現れると、チビ猫は急いで逃げました。この猫がどうしてこの場所に餌があることを知ったのか不思議です。言葉が通じないのが、残念です。「大丈夫、餌は沢山あるから仲良くね。」と言うのですが、新入りには厳しい猫たちです。次の日は餌の皿を増やして、別々の離れた場所に置いたところ、チビ猫を追い払うことがなくなりました。
私のまわりにはスピリチュアルな人達がいます。アイイスの仲間達はもちろん大勢います。本物だと思う人達とは今も連絡を取っいます。アイイスの講師を辞めたので、クラスの生徒達とも会うことが出来るので楽しみです。
私がアイイスを知る前からの知り合いの人ですが、アイイスでスピリチュアリズムを学び始めて、その人達がスピリチュアルな世界で生きていることが分かりました。
その一人に天台宗のお坊さんのOさんがいます。彼は比叡山にいた時に(100日回峰行)をやっています。
Oさんと知りあったのは30代後半に私が参加していたサイクリングクラブでした。そのクラブはメンバーが山や峠を走る足の強い人ばかりで、クラブに入る為に私は半日で30キロぐらい走る練習から始めて、1年後にやっと仲間に入れてもらえたクラブでした。
(留守中に咲いていた花達です。)
(ワトソニア・紫蘭・ばら)
30代前半の若いOさんは比叡山で鍛えた足腰で、1日で100キロぐらい走ることは平気な人でした。私は1日60キロぐらいに参加していました。途中の休憩の際にOさんは野草や森の木々の名前をよく知っているので、私はそれらの名前を教えてもらい親しくなったのです。
私がアイイスで学び始めた後も、時々会う機会があり、その時に私が仏教について、質問すると丁寧に説明をしてくれて、スピリチュアリズムを否定などしませんでした。(知り合いの仏教徒の人で、スピリチュアリズムを否定する人がいます。)
Oさんは比叡山での100日回峰行をした時の話の中で、霊の話が出たのです。私はOさんは霊が視える人だと感じていました。
ある時「あなたはやはり霊が視えていますね。」と尋ねたのです。Oさんは「視えるとか視えないはあまり問題ではありません。座禅をくみ目つぶれば視えてあたりまえです。そのことを人に話す必要はないのです。」と笑いながら答えてくれました。
サイクリングクラブの中に、このような人がいたのです。それからOさんとは40数年にわたる長いい付き合いです。私はOさんは本物のスピリチュアリストだと思っています。
(高幡不動尊の5重の塔)




