「ねぇワタナベ君、英語の仮定法現在と仮定法過去の違いをきちんと説明できる?」
「できると思うよ」と僕は言った。
(村上春樹「ノルウェイの森」)
学生時代、むさぼるように読んだ村上さんの『ノルウェイの森』の、「僕」と「緑」の何気ないやりとり。
仮定法だの微分だの化学記号だのが何の役に立つのか、緑の疑問に答える「僕」。
『「ちょっと訊きたいんだけれど、そういうのが日常生活の中で何かの役に立ってる?」
「日常生活の中で何かの役に立つということはあまりないね」と僕は言った。
「でも具体的に何かの役に立つというよりは、そういうのは物事をより系統的に
捉えるための訓練になるんだと僕は思ってるけれど」』
まったく主要なシーンではないんですが、
何かに疑問を持つ、それに答える、ということで
当時なんとなく腑に落ちて、やりとりが印象的で、妙に記憶に残ってます。
やや深みにはまるこの作品。個人的には緑とのみずみずしいやりとりが救いになります
『「僕は君ほど勘が良くないから、ある程度系統的なものの考え方を身につける必要があるんだ。
鴉が木のほらにガラスを貯めるみたいに」
「それが何かの役に立つのかしら?」
「それはその人次第だね。役に立つ人もいるし、立たない人もいる。でもそういうのは
あくまで訓練なんであって役に立つ立たないはその次の問題なんだよ。最初にも言ったように」
「ふうん」と緑は感心したように言って、僕の手を引いて坂道を下りつづけた。
「ワタナベ君って人にものを説明するのがとても上手なのね」
「そうかな?」
「そうよ。だって私これまでいろんな人に英語の仮定法は何の役に立つのって質問したけれど、
誰もそんな風にきちんと説明してくれなかったわ。英語の先生でさえよ・・・。そのときにあなた
みたいな人がいてきちんと説明してくれたら、私だって仮定法に興味をもてたかもしれないのに」』
思い出深いこの「ノルウェイの森」が先日映画化されました。
あの世界がどう描かれてるか。心配なような、わくわくするような
どんな仕上がりか楽しみです