私(飯嶋真一)の父親(飯嶋眞)が、平成12年4月20日にくも膜下出血のために突然死した

ことは、たびたび投稿してきました。しかし、なぜ「遺言書」にこだわりがあるのかをうまく説明

できているとは思えません。そこで、これから何回かに分けて、この点について説明します。

私は元自衛官です。前半は順風満帆、後半はいばらの道であったように感じています。その

転機になったのが、平成12年4月20日の父親の死だったのですが、当然、そんな事を事前

に知る事などできませんでした。

さて、私は昭和61年1月13日に陸上自衛隊へ当時の2等陸士の制度で入隊いたしました。

翌年昭和62年には技術陸曹の制度を利用して3等陸曹へ昇任しました。更に、平成元年の

一般幹部候補生の試験に合格して平成2年に陸曹長、平成3年3月には3等陸尉へ昇任し

ました。平成4年には調査学校の情報課程へ入校して対抗部隊甲(旧ソ連軍)の戦術を学び

平成8年には幹部上級課程修了、平成9年には幹部ロシア語課程でロシア語を学び、基本的

にCGS(指揮幕僚課程)へ進む事を期待されておりました。しかし、実際はそうなりませんでし

た。不思議な物語は次回以後に引き続き投稿していきたいと思います。では、今回はこれま

でといたします。