先祖の調査、系図の作成は、先祖供養、自己探求、子孫への遺言等になると考ています。

私は、法華経の薬草喩品第五が大好きなのです。大迦葉尊者達、お弟子さんにお釈迦様が

答えて教示された部分で、他者への攻撃的記述の比較的多い法華経にはめずらしくそういう

部分が微塵も無いのが特徴です。例えば、雨は全てに平等の降り注ぎ、そこに不平等はない

太陽の光は全てに平等に照らされ、そこに不平等はない。そして、大きな樹木は多く、小さな

草花は少なく、水や光を受けるとも、その植物達、はそれぞれに素晴らしい花を咲かせて、実

を結ぶ事になる。盲目の人がいたとする。その人にとって、「太陽などない。月などない。星な

どない。」と言うかもしれない。しかし、薬を用いてその人の目が見えるようになったとする。そ

の人は「太陽はあった。月もあった。星もあった。」と気が付く事になる。しかし、その人の見え

ているものは、この世のほんの一部にすぎず、本当は、もっと遠くに、もっと深くに、重要なも

のがまだまだある。盲目の内に気が付かなかった事に気が付いただけでは、この世のほんの

一部を見たにすぎない。なかなか人はその事に気が付かない。とにかく、私はこの部分が大

好きなのです。家系図は別名樹形図などと言われる事がありますが、確かに、作成してみると

上を見ても、下を見ても広がりをみせており、上は枝葉、下は根っこまで、まるで植物の何か

想像させられるものです。我々は、その中に咲いた一凛の花なのです。そういう理解です。