『孤独のグルメ』原作者に教わった、ときどきしか開店しないパン屋/パン屋 tOki dOki | 飯島 愛ちんのガッタス・オスピタル

飯島 愛ちんのガッタス・オスピタル

よちよちぶらぶらチ~ンブログ

 

「ときどきしか開店しない『パン屋 tOki dOki』っていうパン屋が西荻にあるんだけど」

 

 私に最初に教えてくれたのは、『孤独のグルメ』の原作者、久住昌之さんだった。なぜそのパン屋はときどきしか開店しないのか? 井之頭五郎(『孤独のグルメ』の主人公)が訪れても不思議ではないような、謎めいた感じがある。

 

踊り場に面した小窓から販売するスタイル

 

 小さな看板が掲げられただけの細い階段を上がった2階。踊り場に面してショーケースが置かれ、並んでいる数人の客を、小窓から三田真由さんが忙しく対応している。彼女はたったひとりでパンを作り、販売もこなす。その日のパンは短時間のうちにほぼ売り切れてしまったようで、久住さんおすすめのクリームパンも残っていなかった。

 

 

 人気の理由はすぐにわかった。近くの公園で食べた、ハードトースト。小麦と塩と酵母と水(そしてほんの少しの砂糖)だけを材料とするフランスパン生地で作るリーンなパンの皮がなぜかオイリー。かつ、甘み、香ばしさ、旨味(うまみ)と三拍子そろう。中身を噛(か)むと発酵のほのかな香りがフェロモンのように鼻へ抜ける。噛み続けると小麦の甘さが高まり、フルーティーにさえなった。

 

 あるいは、角食。香ばしさを通り越して、甘み、旨味、渋みに至るほど至福の耳。トーストすれば、快きクラッシュ感。耳の濃厚さは、中身へと浸透し、小麦の清らかさにふくよかな味わいを加える。ほのかなミルキーさ、一瞬のでんぷん的なフレーバー、たなびく旨味。そこに北海道産小麦の中でも地粉らしい力強さのある「はるゆたか」らしさが感じられた。

 

ガラスケースの中に、あんパン、みるくロール、バター・ラムレーズン、ハニー・チョコ・アーモンド

 

 三田さんが「ときどき」パン屋をする理由。アート作品を作っていた美大生時代にまで遡(さかのぼ)らなくてはならない。作品のコンセプトは「ものにも命がある」。なのに、大きな作品を作っては、置き場所に困り、捨てていた。その矛盾に悩み、ついに答えを見出す。

 

「そうだ、作ったものを食べればいいんだ。それが自分が作ったものに対する責任と供養だ」

 

 舞台の小道具制作を経て、三田さんは「食べ物に失礼にならないように」きちんとしたパンの技術を身につけるため、とびっきりの名店に勤めた。日本のパンシーンを主導したアンジェリーナ、そしてブーランジェリー・ベーに転じる。

 

 その後、「トサカンムリフーズ」を主宰、ケータリングや撮影のスタイリングなどをする一方、「ものにも命がある」というコンセプトでの作品制作も継続。「食卓わらし」と題された連載で、自ら作った食べ物の声を文章で代弁している。

 

「私がやりたいのは、食べ物側の気持ちを表現すること。妄想に過ぎないかもしれないけれど、何かを伝えようとしている気がするのです」

 

 パン屋も、ものの命を表現する多面的なアート活動の一面。だから、「ときどき」しか開けられないのだ。

 

 

 あんぱんは、まるで命をもつかのように、生き生きと感じられた。つぶあんから豆らしい元気な風味やコクが豊かにあふれだしている。それはふにふにとした食感のパン生地にくるまれ、しっかりと焼いた香ばしい皮と抜群に反応。中心部のクルミをかりっと噛めば、あんことすばらしい相性を見せ、幸福の次元はさらに上がる。

 

 厨房(ちゅうぼう)の壁で銅鍋が輝いていた。ブーランジェリー・ベーを辞めるとき、國島武人シェフから贈られたもの。既製品に頼ることなく、この鍋で丁寧に小豆を煮るからこそ、あんこの味は生き生きと感じられるのだ。作り手の思いなくして、素材の持つ声は決して食べ手まで届かない。三田さんは食べ物の「命」を伝える人だ。

 

>>続きはこちら

 

■パン屋 tOki dOki
東京都杉並区西荻北4-4-1 KITAYON 201
03-6325-3117
営業日・時間は下記のページで確認

https://tosakatd.exblog.jp

 

>>「このパンがすごい!」でご紹介した店舗マップはこちら

 

>>このパンがすごい! バックナンバーはこちら

 

関連トピックス

『日本全国 このパンがすごい!』(発行・朝日新聞出版) 池田浩明 著

写真

連載をまとめた「日本全国このパンがすごい!」(朝日新聞出版)が待望の書籍化!北海道から沖縄まで全国の「すごいパン屋!」を紹介。ディレクターズカットを断行、エッセンスを凝縮し、パンへの思いもより熱々で味わっていただけます。
税込1,296円