ウクライナ情勢に異変
1.トランプ暗殺未遂で強まるウクライナに吹く危険な風。7月9~11日、ワシントンで開かれたNATO首脳会議は、ほぼ予想通りの結果で終わった。ウクライナのNATO早期加盟は実現しない、代わって西側はウクライナへの武器・財政支援を強化していく、というのが基本。一方、ロシアが世上ささやかれていた「夏季大攻勢」をかけてくることはなかった。ウクライナにはこれからF-16戦闘機等の新戦力が到着。ロシア深部への攻撃力を増す。 7月13日の暗殺未遂事件を乗り切ったことでトランプが次期政権を取る可能性は相当高まった。11月、もしトランプが米大統領に当選すれば、彼は停戦への圧力を強めてくる。バイデン大統領の年齢問題もあり、米国政権は来年1月までレームダック状態に陥る。 欧州は、フランスのマクロンが7月の総選挙で負けたことで、取りまとめ役がいなくなった。
2.こういう情勢を見て取ったウクライナ、特に右派過激勢力は、見境ないロシア攻撃を強めようとするだろう。それが、ふらふらする西側をウクライナ支援につなぎ留めておくための唯一の手段だ――と彼らは考える。それはまた、彼ら自身の国内での地位を保全する手立てともなる。 これは、ロシアによる核兵器使用、そしてそれへの西側の報復と、核兵器による世界大戦に至る宿命的な導火線か?ウクライナ右派過激勢力はヌエのような存在で、その実体は中々見えなかったが、今は「アゾフ旅団」とその司令官代理ボグダン・クロテヴィチ(31歳)がスポークスマン役を務める。もともとは、第2次世界大戦から戦後にかけ、今のウクライナ西部でドイツ軍、次いでソ連軍と戦った独立派バンドゥーラの勢力が発祥のようだ。鎮圧後も、西側の諜報機関はその残存勢力と関係を維持していたという説もある。
3.2013年11月、キーウでヤヌコーヴィチ政権への反対集会が始まると、ウクライナ西部を中心に青年不満分子が様々の右派グループの旗を掲げて参集した。その中にはカギ十字、つまりナチの旗を掲げる者達もいた。彼らはインテリ、親EU勢力に代わって、反ヤヌコーヴィチ運動の主導権を取り、2014年2月には大統領公邸を占拠してクーデターを実現する。 このため、プーチン大統領は今でも、ウクライナはネオ・ナチ勢力が牛耳っている、というプロパガンダを展開しているのだが、右派の全員がネオ・ナチだったわけではない。それに、14年5月の選挙でポロシェンコ大統領が登場してからは、右派勢力も政府に取り入れられていく。それまでの同勢力指導者達はこぼれ落ちて、今では社会の片隅に生きている。 そして残った青年不満分子は、通称「アゾフ大隊(後に連隊から今の旅団に拡張)」という精強な部隊に仕立て上げられた。これを仕切ったのは当時のアヴァーコフ内相で、彼は後にゼレンスキー大統領と対立、辞任に至っている。その後、彼は政治の表舞台に登場することはないが、何らかの利権を差配しているようで、アゾフ旅団を使って何をするかわからない。
4.今のアゾフ旅団(以後「アゾフ」と総称)は2022年5月以降のマリウーポリ(ウクライナの第2の港で、「アゾフ」の本拠地でもある)攻防での主役となり、投降してロシアで捕虜となっていたが、22年9月には捕虜交換の結果、大量に釈放されて帰還している。 そして今、彼らは力を回復し、ウクライナ軍指導部への批判を強めている。ウクライナ軍総司令官はオレクサンドル・シルスキー。前任のヴァレリー・ザルージニー総司令官がゼレンスキーを凌ぐ人気を得るようになって更迭された(英国大使に任命され、やっと数日前、勤務を開始している)後に昇任した人物。 彼はロシアで生まれた生粋のロシア人で(遺伝子的にはウクライナ人と変わらないが)、ソ連時代からウクライナでの軍務ばかりやっていたから、ウクライナ軍に残った人物。ザルージニーと違って、政治家におもね、兵士の犠牲を厭わない命令を出す人物として嫌われている。 7月3日、ロシアの「イズベスチヤ」紙は、「アゾフ」が軍を弱腰として批判、それもあってゼレンスキーとシルスキーの間に隙間風が吹いている、6月24日にはシルスキーの次長格、ユーリー・ソドル統合軍司令官がゼレンスキーに解任されているが、これはその煽りである、と報じた。これ以外に同種の報道を見たことはないのだが、ウクライナ軍、政府に対する右派過激勢力の発言力が強まっているのは確かだろう。 右派過激勢力は見境がない。自分のことしか考えない。自分を守り、自分の敵を倒すために、世界全体を引き込もうとする。そのために世界がどうなっても構わない。つまり、ウクライナを助ける時には、そのリスクは我々自身がよく考えておく必要がある。
5.クーデター、エスカレーションへの胎動。ゼレンスキー大統領の憲法上の任期は5月20日で切れている。「今、戦争で戒厳令まで出して戦っているところ。選挙どころではない」というのが、ゼレンスキーの言い分。確かに青年・成年は投票所に出ていくと、そこで動員されてしまうから投票しないだろうが。 しかし右派過激、あるいは他の野党勢力はそこをついて、政権交代への圧力を強めている。ウクライナの公安当局は既に、クーデターの動きを数件摘発している。 権力を奪うにせよ、しないにせよ、右派過激勢力の差し金で――ウクライナ国内ではロシア国内でのテロ、あるいは要人暗殺を主導するロシア人グループも活動している――ウクライナ軍がロシアの都市インフラ、あるいは軍施設への攻撃を強めると何が起きるか。 ウクライナ軍は既に5月26日、国境から1500キロ程離れているロシア、オレンブルクのレーダー基地を攻撃している。
6.これは米国の核ミサイル(ICBM)飛来を探知するための大型レーダーで、これの破壊はロシアの安全保障の根幹に関わる。 ウクライナ右派過激勢力は、このような動きに対するロシアの過剰な反撃を引き出し――核兵器の使用もあり得る――、それに対する米国、NATOの反撃を引き出して、トランプが手を引きたいと思っても引けないような状況を作り出しておこう。こう考える可能性がある。モスクワ中心部への攻撃、要人暗殺、軍需工場(ロシアの軍需工場は寡占で、例えば戦車はニジニ・タギルの工場がほぼ独占生産)、兵器・兵員集積場等への攻撃がこれから頻発し得る。 西側が供与する兵器は、射程距離がどんどん伸びていて、F-16戦闘機から発射すれば更に伸ばせる。ロシアの工業はウラル山脈周辺が分布のほぼ限界だから、ウクライナはここを全て射程下に入れることになる。バイデン大統領はこれまで、ウクライナが米国の兵器を使ってロシア深部を叩くことは抑えてきたが、彼がレーム・ダック化するにつれ、ウクライナは無視するようになるだろう。 後篇「『ロシアは本気で、核戦争さえ辞さない』…!ウクライナ右派勢力に報復すべく、プーチンが選択する自暴自棄の『最後の手段』」に続きます。
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