ザイム省(森本)

1.財務省は、この十数年来、財政を家計にたとえて大変な状況だと説明しているが、これは「誇大広告」の類だ。加えて罪深いのは、財政に対する一面的な見方を国民の間に広げ、日本の進路を間違った方向に導く危険性をもつ。家計でも企業でも単純に借金だけを見るのは間違いだ。家とか土地とか金融資産などがどれくらいあって、一家としてのバランスシートはどうなのかを見なければならない。

 

2.住宅ローンを借りて家を建て借金が1千万円ある家計と、持ち家などは無いけれど借金は全くない家計を、借金の金額だけを問題にして比較するのは、おかしな話だ。国の場合も同じで、借金が多いことだけを問題にするのは一面的な見方だ。借金だけではなくて、資産の方も見なければならない。日本政府のバランスシートは「資産が借金を上回っている」。そして「世界一の金あまり国」だ。

 

3.「主要国の国内余剰資金」ヲ見ても、2010年12月末で、日本の国内余剰資金は251兆円もあって、日本は「世界一の金あまり国」。他の国の余剰資金は、2位が中国167兆円、3位はドイツ114兆円で、日本はドイツの2倍以上、他の国の何倍もの余剰資金がある。「世界一の金あまり国」というのは何を示しているかというと、日本政府は大きな借金を抱えているけれども、まだお金が借りられる条件があり、日本経済には貸す力があるということだ。

 

4.マスコミなども「孫子の代まで借金を残していいのか」などと「誇大広告」するが、事実は、子どもや孫たちに借金だけを残すわけではなくて、あわせて金融資産や固定資産をきちんと残すことになる。日本の財政問題を考える際に、「借金だけ」を取り出して議論する人を見かけたら要注意だ。財政の問題を考えるときは、借金と資産の両方を同時に見なければ、議論の前提自体を間違える。国の財政と家計は性格が違う。単純には比べられない国の財政と家計だ。

 

5.家計というのは収入が限られていて、収入を簡単に増やすことはできないから、その収入の中で暮らしていかなければならない。家計では、まず収入の方が先にあって次に支出の方を考えることになる。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と憲法25条に明記されているように、政府はすべての国民に生存権を保障しなければならない。政府は教育をはじめ、さまざまな公共サービスを国民に提供する役割がある。政府というのは、家計とは性格が違う。そもそも政府をなぜ私たちが持っているかというと、市場の世界だけでは供給されない公共サービスなどを国民に提供させるためだ。

 

6.政府というのはさまざまな公共サービスを提供する役割が最初にあって、そのために税金を集める必要がある。政府の果たすべき役割からスタートする必要があるから、出す方(支出)が先で入る方(収入)は後で考えるという順番になり、家計とは逆転して考えなければならない。家計にたとえてしまうと、政府の大切な役割はどこかに消えてしまい、「とにかく借金をなくさなければいけない」という話だけになってしまう。政府の大切な役割として、これだけのサービスを提供する必要があるから、税金を集めなければいけないのだけど、足りないとなれば当面は借金をしてでも政府のやるべきことをやっていくと考えるべきだ。政府は税金が入る前に予算を組んで支出しなけれならない。だから、お金を生産する国債を発行できるのだ。

 

7.「いますぐ国の借金を返さなければ大変だ」という「脅し文句」は社会保障費の削減や消費税を増税するための口実にすぎない。マスコミなどで「いま生活は厳しいけれど、自分たちの世代の責任で国の借金を返さないと子どもたちに迷惑をかける」などという論調も見受けられるが、これも国の財政と家計を同じように考えている間違った議論だ。住宅ローンなどの家計における借金は、一般的に借りる本人が子どもには残さないよう全額返すことを前提にしてローンを組む。しかし、そもそも政府には寿命がないし、借金の全額を返さなければいけない期限もない。事実、日本以外の国でも、借金を全額返したという国はなく、国の借金があること自体は問題ではない。現在の大きな借金のままでずっといいというわけではない。しかし、「いますぐ返さなければ大変なことになる」などといった「脅し文句」は、社会保障などの公共サービス削減や公務員労働者の人件費削減、そして、消費税増税のための口実でしかない。