世界シェアで減少傾向…ニッポン半導体装置

1.日本の半導体製造装置メーカーが岐路に立っている。中国の活況や人工知能(AI)市場の立ち上がりなどで需要環境の改善が期待される一方、世界との競争は厳しさを増し、日本企業のシェアは多くの装置で減少傾向が続く。反転のキーワードは「オープンイノベーション」。自前主義から脱却し、顧客やサプライヤー、技術パートナーなどと協力関係を結び、ニーズやアイデアを集約できる体制を築けるかがカギを握る。(山田邦和) 【グラフ・表】半導体装置の世界シェア・メーカー別・特許取得ランキング 「日本経済の『7人の侍』は」―。日経平均株価が史上最高値を34年ぶりに更新した2月、米大手投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)は日本の株式市場をけん引する七つの有力銘柄を「セブン・サムライ」と名付けて公表した。過半の四つを占めたのが東京エレクトロンやSCREENホールディングス、アドバンテストなどの半導体製造装置メーカー。利益率とPER(株価収益率)の高さが投資家を引きつけ、日経平均最高値更新の原動力となった。 

 

2.一方で課題もある。販売額(売上高)の伸びが海外の競合に比べ小さい点だ。世界の半導体装置市場に占める日本勢のシェアが減少していることが一因とみられる。為替レートの動向を勘案しても2018年以降はシェア低下が目立つ。ウエハーに回路を書き込む前工程について装置別のシェア(金額ベース)をみると、露光やエッチング、成膜(CVD)など市場規模の大きい装置で日本企業はシェア1位を取れていない。コータ・デベロッパ(塗布現像)や洗浄など日本勢が首位の装置も多いが、市場規模は最大で60億ドル(約9000億円)。100億ドル以上の露光などと比べ小さい。露光1台当たりの価格は高いのも事実だが、付加価値が高かったり、今後の成長が見込まれる装置の多くで欧米の競合に水を開けられている状況だ。 その一例が半導体製造の「心臓」とも言える露光装置。写真の原理を応用する露光装置はニコンやキヤノンが強く、90年代半ばのシェアは合計で70%超だったが、直近は10%に満たない。対照的に急伸したのがオランダに本社を置くASMLだ。線幅数ナノメートル(ナノは10億分の1)世代の最先端半導体の製造に必要な極端紫外線(EUV)露光装置の開発からニコンとキヤノンが事実上撤退し、ASMLのみが供給できるようになって以降のシェアは90%を上回る。 

 

3.ASMLはなぜ飛躍できたのか。関係者が指摘するのが、他社の技術を積極的に取り入れるオープンイノベーションの採用だ。投影レンズなど中核部品を含めほとんどを外注に頼る一方、ASML自身はモジュール(部品のまとまり)同士を組み合わせた結果が装置の全体最適につながっているかを見極める役割を担った。 顧客とも連携した。台湾積体電路製造(TSMC)など前工程(ウエハーに回路を作り込む過程)の受託製造会社(ファウンドリー)が新たに勃興すると露光技術をソリューションとして提供して支援。「ASMLの露光装置を購入すれば技術の蓄積がなくても半導体が生産できるというビジネスモデルに変えた」(業界関係者)。 一方のニコンやキヤノンは技術レベルの高い特定顧客を相手にほとんどの部品を内製する「自前主義」で成長を遂げたが、シェアの絶頂期に業界ではすでに地殻変動が起きていた。微細化の進展に伴って製造装置が高額化し、半導体メーカーの投資負担が増した結果、設計と製造の分業が進展。製造を担うファウンドリーが投資の早期償却を図るため、稼働率とスループット(時間当たりの処理能力)の高さを装置に求めたのがそれだ。だが、既存顧客が相手のニコンやキヤノンは地殻変動への対応が後手に回り、微細化で先行するファウンドリーをASMLに囲い込まれた。

 

4.AI向け製造時短、機差の大きさ課題

日本の半導体装置メーカーの多くは現場での改善やすり合わせを地道に繰り返し、最適解を見いだすのを得意としてきた。超純水や薬液、温度など、条件設定が複雑で扱いが難しい要素を制御する装置でシェアが高いのもそのためだ。最適解を探る過程は暗黙知的なノウハウも含み「自前主義」と相性が良い。 だが、半導体の微細化や仕事の分業化などで、人依存のすり合わせを自前で素早く回すことが難しくなっている。また個別最適を優先するすり合わせで作った装置は「1台ごとの性能の差(機差)が大きくなりがち」(業界関係者)。機差が大きいと顧客は導入後、時間をかけて独自の性能試験を行い、装置の特徴を把握する必要がある。稼働後も特定の工程の専用機として使わざるを得ず、稼働率が上がりづらい。 一方、顧客は月単位で進歩するAI向け半導体の製造で、製品化までの時間を短くしたい。設計から標準化を志向し、機差が小さいとされる欧米の装置に有利な土壌ができつつある。

 

5.近年の韓国・中国の半導体装置メーカーの追い上げや、右肩上がりの研究開発費も相まって、自前主義で全てを乗り切ることが難しくなっているとの見方は多い。業界に詳しいKPMG FASの岡本准執行役員パートナーは「完成品の半導体は1社や1国だけの開発が通用しなくなっているのに、半導体装置はまだ十分そうなってはいない」と指摘する。 半導体装置メーカーの姿勢も変わりつつある。東京エレクトロンは06年にコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立。製造装置との相乗効果が見込める技術を持った世界のスタートアップ約50社に投資してきた。例えば微細な穴が無数に開いた金属有機構造体(MOF)を開発する米ヌマットテクノロジーズには22年に出資。半導体製造に使うガスを効率良く貯蔵・利用し、環境負荷の低減につなげようとしている。三田野好伸専務執行役員は「当社やステークホルダー(利害関係者)に有益で、投資対効果が高い企業との協業については常に視野に入れて検討している」と話す。 キヤノンは23年「ナノインプリント」と呼ぶ独自技術を搭載した露光装置を発売し、話題を呼んだ。従来の露光装置とは異なり、回路パターンを刻み込んだ原板(マスク)をハンコのようにウエハーに押し当て、回路を転写する。スループットはEUV露光装置に届かないが、消費電力や装置価格は従来より抑えられるのが特長だ。14年に買収した米モレキュラーインプリントの技術を基に、

 

6.キオクシアや大日本印刷と共同開発した。 ニコンの徳成旨亮社長は2月の会見で「今後ビジネスのあり方を少しずつ変えていく必要がある。全て自前で賄うのではなく、必要ならスタートアップの技術も活用して顧客にユニークな製品を提供できる会社になりたい。一貫生産の強みは大事にしつつ『他社の成長は当社の成長につながる』をコンセプトに掲げたい」と話した。同社は近年、独の金属3Dプリンター大手や産業用コンピューター断層撮影装置(CT)を手がける米スタートアップを相次ぎ買収した。半導体装置の事業でもオープンイノベーションに軸足を移すのか注目される。 日本の半導体装置メーカーが「半導体を作る」ことを俯瞰(ふかん)し、全体最適を構想できるか、その実現に主導権を発揮しつつ多彩な外部企業と協力できるか。開発初期からコストで勝てる戦略を構築し、技術の国際標準化を進められるか。意思と実行力が問われている。

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