こんにちは。

 

さあいつ以来の更新となるのでしょう、名実況列伝のお時間です。

 

今回ご紹介するのは2022年の天皇賞(秋)。

 

間違いなく昨季のベストレースの一つに数えられる、素晴らしい名勝負でした。この後に1着馬がドバイシーマクラシックを、2着馬がサウジカップを勝利するわけですから、今考えてもすごい勝負だったのだなあと、小並感あふれる感想を抱く次第です。

 

熱いレースに負けず劣らずの名実況を担当したのはフジテレビの立本信吾アナウンサー。GⅠ実況歴は当時9年目と中堅の実力派で、その実況には三宅アナや塩原アナといったフジ競馬実況アナの系譜を濃く感じます。最近だと「もはや敵なし!もはや敵なし!まさに別格!これほどまでに強いのか!リバティアイランド!」(23優駿牝馬)が記憶に新しい。

 

オッズ的には五強気配。ダービーで四強と目された4頭が菊花賞を嫌い、内3頭が参戦してきたことで、構図的には三歳三羽烏vs古馬勢。

 

クラシック二冠で連続2着の「繊細な天才」イクイノックス

GⅠ2勝、JCを大目標としている「偉大なる王」シャフリヤール

同年にGⅡ2勝している10ハロン戦の鬼「黄金の騎士」ジャックドール

出世街道歩むもクラシック二冠で連続4着の「岸から見える光」ダノンベルーガ

皐月賞を奪取した新種牡馬ドレフォン産駒「新たな地上絵」ジオグリフ

 

しかしこのレースを最も沸かせた存在は7番人気に甘んじていました。同年に海外GⅠ勝利という快挙を成し遂げ、前走札幌記念クビ差2着にもかかわらず。

 

予想段階で「逃げ・先行馬多いな……」と思った人も多かったでしょう。誰が逃げるのか、どういう隊列になるのか、有力馬の位置はどこか。レース前の展開予想も非常に楽しかった記憶があります。

 

強力な3歳の三強か、歴戦の古馬の意地か、展開はどうなるのか。ワクワクが止まらない天皇賞秋、いよいよスタートです。

 

 

 
逃げ馬ずらり、15頭、果たしてどんな結末を迎えるのか。天皇賞秋スタートが切られました。ばらついたスタート、カデナ後方から。さあ注目の先行争いはどんな展開になるのか。パンサラッサが行く。そしてジャックドールが外から行く。バビットも来るかどうか、さあさらには、ノースブリッジがかなりいいポジションを取っている。
 
「逃げ馬ずらり」は2022年のトレンドでしたね。強い逃げ馬がこんなにわんさか出てくるなんて数年前は考えもしませんでした。この列伝を書くにあたって、Number1061号の「当代逃げ馬考」という記事が非常に面白かったことを思い出しました。筆者はスポーツニッポンの田井秀一記者で、Youtubeの「美浦トレセンウマ娘部」というチャンネルでもお見かけする方です。その記事によると、パンサラッサは「大逃げ型」、ジャックドールが「快速型」。それぞれのタイプについての詳細は記事で見てもらうことにいたしまして、ここにバビットが絡んでくるのが本レース。なにせ2020クラシック世代を代表する逃げ馬と言えば、パンサラッサが出てくる前は彼が戴いていた称号だったのですから。2020ラジオNIKKEI賞ではパンサラッサを抑えて堂々逃げを打っています。さらには先行力を武器とするノースブリッジが外からハナ争いに参戦。
 

さあ2コーナー、向こう正面へと入っていきます。ユーバーレーベンは後方から。さあ先頭は3番のパンサラッサで、そしてイクイノックスは中団に位置しています。ジオグリフも中団、シャフリヤールも中団。パンサラッサの宣言通りの逃げ。2番手バビット、そしてノースブリッジが3番手追走。ジャックドールは4番手です。

 

有力馬に言及しつつ、やはり気になるのは前の位置取り。内枠を引いたことやこれまでのレース振りも相まって、ハナを切るのはパンサラッサで間違いないだろうというのが大方の予想でしたが、その通りになりました。陣営の絶対逃亡宣言にも触れていますね。ノースブリッジは6枠から内目のいい位置をとるために岩田康誠騎手の勝負騎乗。結果としてマリアエレーナの進路が狭くなってしまい、岩田騎手は2日間の騎乗停止処分を食らっています。バビットも覚醒したパンサラッサ相手にはハナを譲る格好となりました。ジャックドールは前走札幌記念ですでにパンサラッサに先頭を譲っていますから特に競りかける必要性もなく、絶好位についたといっていいでしょう。

 

その後ろにシャフリヤール、ダービー馬。そして内を取って1番のマリアエレーナ、さらには皐月賞馬のジオグリフがいて、さらに外からはアブレイズが上がっていきました。2番のカラテです。さらにはイクイノックス、じっくりとじっくりと前を見ながら、そしてダノンベルーガがいて、大阪杯の覇者ポタジェはこの位置。3馬身ほど離れました。11番のレッドガラン。そしてユーバーレーベン、オークス馬、そしてカデナがいて、

 

シャフリヤールは前目に位置。結果論ですが、この位置取りについたことで少し脚が削られた気もします。ジオグリフに関しては喉なりという不安要素を抱えている以上、できるだけリスクの少ない競馬をしたいと思った感じでしょうか。非常によどみない馬読みです。馬読みのスタイルは人それぞれですが、騎手名を挟まない傾向にあるのは三宅実況の系譜。塩原実況と青嶋実況は逆に騎手名を挟みがちです。どちらも一長一短ですけれども、騎手名を挟まないことでの利点はワードの選択や順番に関してコストを割かなくてよいため、非常に単純明快な馬読みが実現することです。ラジオNIKKEIの実況に近い香りを感じるかも。そして、レッドガランを描写するあたりで、すでにどよめきが会場を包んでいますね。ユーバーレーベン、カデナを読み上げる酒主アナの声色もどこかそわそわしたものになっています。「これは面白いレースになったぞ」というワクワク感が漏れ出ていて非常に好きです。

 

最初の1000メートル57秒4。57秒4という超ハイペース。

 

少しかかり気味の立本アナ、1000メートルを通過しない段階で馬読みを終え、通過タイムが表示されるまで一拍おきました。それが驚愕のタイムに一瞬絶句するかのような演出に転化されている感じがあります。もしかしたら本当に言葉を失った瞬間だったかもしれませんが、どちらにせよ、馬群に寄っていた映像が引きの映像に戻った瞬間に現状を受け止める時間が視聴者にも必要でしたから、ちょうどよかったでしょう。さて、ここで読み上げられた通過タイム、そして天皇賞秋というレースからして、ある馬に記憶を重ねた人も多いでしょう。そう、サイレンススズカです。「無事に走り切ってくれ」という思いを乗せて、あの時の夢の続きを思い描く人の願いをのせながらレースは進んでいきます。

 

パンサラッサの大逃げだ。さあパンサラッサもうすでに欅の向こうを通過して、これだけの逃げ。これだけの逃げ。令和のツインターボが逃げに逃げまくっている。

 

もう実況のボルテージが最高潮に達していますが、これは会場のボルテージと連動した結果なので已む無し。というか、ここで盛り上がれない実況なんて面白くないですよね。大逃げの構図はレース映像だけでも十分成り立つくらいにはエンタメ性が満載ですが、それを何倍にも引き立たせる「これだけの逃げ、これだけの逃げ!」。言葉は少なく、印象深く。そして少し議論を巻き起こしたのが「令和のツインターボ」。というのも、ツインターボとパンサラッサの実績の差から、パンサラッサをそう形容するのはいかがなものか、という声がSNS上で見られました。しかしながら、おそらくこの形容は実績云々ではなく、記憶の重なりを描写したものなのでしょう。青を基調とした勝負服が後続を引き離して最終直線に入ってくる構図をみて、立本アナの脳裏には「記録より記憶に残る小さな名馬」がよぎり、それを重ね合わせたからこそこの実況となったのです。

 

さあ、パンサラッサ、このまま逃げ切ることができるのか、これだけの差、これだけの差。さあ4コーナー回って直線コース。さあ後ろは届くのか。後ろは届くのか。このまま逃げ切るのか、ロードカナロア産駒パンサラッサ。世界のパンサラッサの逃げ。

 

「これだけの差、これだけの差」は「これだけの逃げ、これだけの逃げ!」を受けた繰り返しの表現。衝撃的な映像に連続したフレーズをつけるのは非常に効果的な手法。「後ろは届くのか、後ろは届くのか!」も同様です。そして「令和のツインターボ」から繋がる流れとして、「世界のパンサラッサ」を織り込むことで、パンサラッサの歩んできた評価の道程を間接的に表現しています。福島記念、中山記念と連勝していたあたりは間違いなく「令和のツインターボ」と誰もが評価し、稀代の個性派ではあるものの展開が嵌まった面もあり、大レースで通用するかは別問題という、大逃げ馬にありがちなケースなのではと思う気持ちがあったことは確かでしょう。ドバイターフの歴史的な勝利でその評価は「記憶にも記録にも残る馬」となり、名実ともに「世界のパンサラッサ」「遠足ガチ勢」となったわけです。

 

残り400を通過しています。さあバビットがいて、さらにその後ろからはカラテもいて、ダノンベルーガも上がってくる。さらには9番のジャックドール。さらに外からはイクイノックスも上がってくるが、残り200を通過している。

 

リアルタイムで少しびっくりしたのが「残り400を通過しています」でテンションを一回落としたところ。でも考えてみれば当然で、広がる熱狂と共に最後の1000メートルずっとテンション上げっぱなしだと、さすがに最後に息切れすること確実ですから、最後の瞬間を盛り上げるためにも一度抑揚を付けざるを得なかったのでしょう。それもこれもすべてパンサラッサのせいなのですが、当の張本馬は我関せずの粘り込みに入っています。それを捉えんと襲い掛かるド派手な流星群。そもそも1000~1600メートルの間実況がパンサラッサしか描写してませんでしたね。まあもうそういうレースだったとしか言いようがないので全く問題ありません。パンサラッサの超ハイペースにドン引きしてしまった先行馬たちは軒並み不得手な瞬発力勝負となってしまいました。そう考えると、そんな展開にもかかわらずジャックドールは良く伸びてきたと思います。

 

さあ届くのか、届くのか。逃げ切るのかパンサラッサ、外からイクイノックス、イクイノックス届くか、そしてダノンベルーガ届くのか、イクイノックス、届いた、届いた。最後は、天才の一撃。大逃げパンサラッサをここでとらえた。クラシックの悔しさはここで晴らした、天才の一撃。

 

「さすがにこれは……」と誰もが思った最終直線でしたが、ただ一頭をのぞけば瞬発力勝負となったこのレース。そうなるとダービーレコードを塗り替えた府中の鬼たちが黙ってはいません。「届くのか、届くのか」の繰り返し実況と共に後続勢の脚色にフォーカスが移ります。特に、2歳時にはすでに32秒台の末脚を使っていたイクイノックスはスムーズな持ち出しから評判通りの鬼脚を存分に発揮。内からダノンベルーガも襲い掛かります。最後の瞬間まで決着が分からない白熱の激闘を制し、世界のパンサラッサをとらえたのはイクイノックスただ一頭。特大のポテンシャルを持ちながらクラシックレースで悔しさを味わった天才の異次元の決め手が会心の形で決まりました。

 

「天才の一撃」は上り3ハロン32.7という極上の武器を形容するのにふさわしい最高のフレーズ。加えて同年の日本ダービーにて倉田アナが謳いあげたドウデュースの「逆襲の末脚」と対になっているオシャレさもあります。

 

入着馬の上り3ハロンがそれぞれ32.7, 36.8, 32.8, 33.5, 33.6なのがもはや芸術作品の域。これでレコード更新してないっていうんだから、よっぽど1分56秒台がおかしかったのが分かります。

 

ラップタイムで重なる記憶、実況で重なる記憶、大逃げの光景で広がる熱狂、天才の鬼脚で広がる熱狂に存分に酔える稀代の名レース。そしてこの翌年、イクイノックスとパンサラッサはそれぞれの形で世界をその手中に収めることになるのですが、それはまた別のお話。今回はこのあたりにしておきましょう。

 

それでは次回予告です。

 

「格式ある出発のゲートを許された18頭」

「今日はまつりのテーマをこの府中にとどろかせるか」

「さあ武豊は最内を選択!」

「仁川の悲鳴は、杞憂に終わった!」

 

少し時代を戻して、お父さんのレースを見てみたいと思います。

 

お楽しみに。