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まきくも日誌 薪や里山と素敵に付き合う

薪(燃料)の情報サイト「まきくも」のこぼれ話です。

都市生活のバックアップとしての農村との関わりについて書いていくことになると思いますが、時折よくわからない事も書くかもしれません。
http://makikumo.net/



鴨川の源流部にあたる京都市北区雲ヶ畑は昔から京都市内への薪炭の供給地であり、現在も薪や炭の原材料となる広葉樹の森が豊富にあります。私たちはこの広葉樹の森の手入れをし、そこから出てくる資源(丸太)を薪として供給するプロジェクトを進めています。この度、広葉樹の森の整備と薪づくりの体験イベントを企画しましたので、鴨川源流の森林整備に関心のある方、雲ヶ畑産の薪に興味のある方はぜひとも一度お越しください。


詳細はこちら





庭のサルスベリにテッポウムシと思われる食痕を見つけました。
テッポウムシにはそれに対応した薬が存在しますが
汎用性を考えて少し違うものを使ってみて
様子を見てみようと思いました。


食痕です。直径1ミリほど。




2ミリのドリルでルートを広げてみます。



どうやら方向が違ったようなので、1ミリのドリルに変えて
ねじ込む力を弱めて穴を探ります。



ある程度掘ったら(虫は出てこず)
「樹木の味方」をドリルにとって入れてみます。



これにて、ちょっと様子見ですね^^

※注:樹木の味方は殺虫等の用途に使用するものではなく、木の保護剤として切削面などに塗布する素材です。




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尾鷲のある場所に毎年二度咲きする桜があります。お話を伺ってると、二度咲きというよりずっと咲いてる印象でどうやら冬にも花をつけるそうです。

温暖な南紀だからこうした事があるのか、二度咲きする桜は他にも幾つか事例はあるそうですが、とても面白い現象だと思います。




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今年、熊野古道がユネスコの世界遺産に登録されて10年を迎えるそうです。それを記念して熊野古道に関する展示が三重県総合博物館三重県立美術館で行われていました。

博物館では絵巻物の点数が多く、また御札や道具類の展示が見られました。絵巻物や札が重点的にピックアップされている陳列内容は「絵」で伝えるという事の意味を伝えるご苦労があったと感じました。

熊野古道に関わらず、博物館学芸員の皆さんは日頃展示内容と手法について試行錯誤してられるようですが、MieMuと名のつくとおり三重県総合博物館でも様々なデザイン的工夫が垣間見れます。例えば、岩石の展示についてですが、点数に対して展示面積が狭い事を克服するために、引き出し式棚が出し入れできるようになっていたり、エントランスから骨格標本が魅力的にディスプレイされていたりします。少ない点数でも魅力を引き出す手法というのでしょうか。
デザインと博物がコラボレーションする動きについては今後も目が離せません。


美術館では「カミノクマノ」と題して、写真家や画家、インスタレーション作家による展示が行われています。神の熊野と人の生活の距離感が主に表現されていた本展示では、博物館に展示されていた手垢いっぱいの(ある種の人の気配を発散する)物品とは異なり、モニターや高精細なプリント技術が使用されることで、熊野が現代語訳された様相の強い展示内容となっています。

「まきくも」にしても、里山を現代語訳しようと試みているのであって、同時に次の世代へ課題継承する際に、この試みが少しでも情報提供できるものであれば、いい仕事ができたのかと言えるのかなぁと感じる次第です。いま役に立つものであれたら、なお幸いなのですが^^;








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つい先日、京都の祇園に「篁」というお店ができました。
茶道具で重要なお仕事をしてられる高野竹工さんが
こうした湯のみのような形をとって、
私たちの生活に歩み寄る伝統工芸を始めてられます。


早朝、祇園に色づく桜の葉

煮出されてわずかに黄金がかった湯呑の中で

茶の葉が沈み佇む様は、まるで仏を見るようです。

桂川の流域で育った竹は、湯呑みとなって姿をかえても、

かつては生きた竹であったことを静かに語りかけてきます。



「しつらえ」というのでしょうか?
何気ない日頃の動作の一つ一つが、
こうした「しつらえ」によって、燦然としながらも
静かな物語を私たちに語りかけます。








皆さんにとって100年後の子孫に残したい物は何ですか?
また、それは何をどのようにすれば残せると思いますか?

素敵な未来にしたいですね。




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農業と林業という考え方だと、考え方や使用する言葉のバックグラウンドが
色々異なって頭の中身を少し切り替えなければ生産に結びつきにくいのですが。

水田と水源という考え方だと、農業も林業もなく流域としての関係性が発生するので
一体のものとして認識できるはずです。

本来「生業」として営まれた森林との関わりの中では、「きこりさん」というと、
専業林業家を指すのではなく、田畑も所有し農業をしながら山に木を切りに行き
「稼ぎ」として炭を焼いて現金収入としてた人を指します(多少地域差はあるかもしれません)

さて、耕作放棄地を見るたびに思うのは、「稼ぎ」としての農業の一長一短であり。
地域によっては「生業」としての田畑に戻すべき場所があるのではないか?
ということです。


先祖の人々が切り開いた水田を沼地にするくらいなら、そうした「生業」としての
利用方法について提案したほうが、結果的に社会を下支えするという風に考えます。



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最近、教科書の落書きで夏目漱石をビジュアル系にしてみたり、
芥川龍之介を今風の髪型に変えたりする落書き写真が出回ってます。
これはこれで面白いのですが。

昔の人の落書きってどんなもんかと、かれこれ15年くらい前から古書店や古書市があったら
落書きのある本を探しています。

糸かがり製本の教科書はどうかとか。。

時代が違うと落書きの内容も大分変わるのですが
今回はいくつかあるお気に入りの落書きの中から、こちらをご紹介します。

書名:南船北馬
印刷:昭和13年4月28日
発行:昭和13年5月3日

新刊本として書店に並んだのでしょうか?
落書きの内容も当時の購入者の様子が感じ取れます。



落書きの写真は「まきくも」に掲載しました。




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叡山電鉄「宝ヶ池」駅から、国道367号線(途中越)へ一キロほど行ったところにあります。

紅葉シーズンで観光客が多い京都の寺社があるなかで
ひっそりと佇まう紅葉を感じることができます。

正月の焚き物を着々と準備されてました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~wikipwdiaより

金銅小野毛人墓誌(附:銅函1合(延宝元年11月在銘)、発掘関係書類1通) - 1961年4月指定
奈良時代の墓誌。銅製・鍍金。寸法は長さ58.9センチメートル、幅5.9センチメートル。江戸時代の慶長18年(1613年)に崇道神社背後の山中で発見され、土葬石室に埋納されていたという。延宝元年(1673年)に銅製墓誌函が作られ、宝永2年(1705年)には発見に関する文書が記されている。元禄10年(1697年)に再び埋納され、1913年(大正2年)に墓の調査に伴い再び発掘された。
墓誌の表裏には次の文言が刻まれている。
(表)飛鳥浄御原宮治天下天皇 御朝任太政官兼刑部大卿位大錦上
(裏)小野毛人朝臣之墓 営造歳次丁丑年十二月上旬即葬
小野毛人は『続日本紀』和同7年(714年)4月条に拠れば遣隋使である小野妹子の子で、天武朝期には太政官兼刑部大卿の地位にあったという。墓所は山城国愛宕郡小野郷にあたり、小野氏の故地に比定される。天武天皇6年(677年)に墓が作られているが、墓誌の作製は文中の官職、姓などの用語から見てやや時代が下り、毛人の子小野毛野による追納で、持統朝期であると考えられている。墓誌は京都国立博物館に寄託されている。


引用:wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E9%81%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE



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今日、FaceBookで面白い機械の動画を見つけました。

何というか……「薪切り機」と命名すればいいのでしょうか。。

ここにその動画を貼り付けようとしましたが

上手く貼れないので、まきくもの方に貼ることにしました~。



大体のイメージですが、ポン菓子を製造する機械に木をあてて切り裂いていくような感じです。

これで、10センチ前後の微妙にチェーンソーで切りにくい薪もスタコラ切れる

というイメージですね。


気になった方はこちらで観て下さい。 (‐^▽^‐)




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