これから、夏野菜が終わって、盆が過ぎて、いよいよ秋野菜の播種と、苗の植え付けが本格化する。そして、黄金色の稲の刈り取りが真っ盛りとなる。
農業者は、豊作や高い値段を祈って、畑に出る。そして、畑の具合を見ながら、堆肥や肥料を調整して土を作り、種を播き、苗を植える。長年培って蓄積してきた、天気や湿度や土壌の水分や肥料分を葉っぱの色や大きさなどから判断し、手を加える。そして、収穫を迎える。その「判断」や「手間」が農業者の技術なのだ。
これは、圃場毎に癖があるから、長年の感、体験が大きく左右する。その家の独自の技術そのものだ。それを、親から子へどのように継承、伝承するかが重要だ。いや、伝えられてきたのだ。
何故、継承や伝承されて来たのかは、一つの重要なポイントがあった。それは、農産物の価格であった。
品質のよい野菜を作る目的だ。多くの篤農家から聞いたことがある「市場のセリで、出荷した野菜のセリ値が自分の期待にほぼ近かった。技術が評価された。だから、張り合いもあった。ある程度収入も見込めた。
だが、最近は、まったく期待はずれだ。手間や技術が評価されない」と。現在は、セリがほとんどされないようだから、表現は少し異なるかもしれないが・・・。
いずれにしても、農産物の価格が安すぎる。農業者の意気込みが低くなってしまっている。低価格は農産物価格ばかりではない。この価格のどこから、労働賃金が出るのだろうか。
後継者がいなければ、農地は荒れるばかりだ、その上、地域の産業も成り立たないとすれば、どこで働けばいいのだろう。
まずは、どこかで、リセットしないといけない。