15年程前に母が膵臓がんで亡くなりました。
亡くなる前は病院の緩和ケアにお世話になっていて、私と妻、そして私の姉二人が入れ代わり立ち代わり、家族の誰かが居ないと淋しさ故に徘徊を繰り返す母の為に、ほぼ24時間、交代での看護を続けていたものでした。当然に看護する側も皆疲れ果てていました。
そんな中で、私の妻と下の姉がつまらぬ言葉の掛け違いで険悪になってしまい (怒っている方は姉が一方的でしたが)、それが母が亡くなって葬儀が済むまで続き、現在に至るまでほぼ絶縁状態が続くことになりました。 上の姉も次女に加担していたので、私ら夫婦 VS 姉二人の構図です。 要するに、15年間絶縁状態、すべての付き合いがゼロでした。
言葉の掛け違い・・・と言うか、原因は当時の担当看護師さんが私の妻に、姉のちょっとした行動について注意を促すような言動を発したこと・・・、それを妻が、姉に当たり障りなく伝えたつもりが姉の逆鱗に触れてしまい、あたかも妻が妻の意見で言ったように受け取られてしまったことに起因します。まったく筋違いも甚だしかったのですが、疲れがピークであった姉は冷静に考え判断することもできず、妻と、味方した私を悪者にしてしまったのです。その後、当の看護師さんにも協力してもらい、何とか修復を試みましたが、一度振り上げた拳は下げられなくなってしまったのでしょう、修復はできませんでした。
姉二人はそれぞれ他県に住んでおり、絶縁状態であっても実質的にはお互いの生活面でマイナスはほとんどありません。ですが、15年を経過した昨年の暮れ、次女の娘である私にとっての姪から (既婚である姪とは年賀状のやりとりはしていました)、喪中はがきが届いて 「父(姉の旦那)が亡くなり、年始の挨拶を失礼させていただきます」 と、そこで初めて義兄が亡くなったことを知らされたのです。
驚きました・・・、そして情けなくなりました。いくら絶縁状態とは言え、姉の伴侶が亡くなったことも知らされず、葬儀にも参列できず、事後に姪からの喪中はがきだけでそれを知らされる ・・・ 。 落ち込みましたが、それでも最低限のことは、と思い、直接送っても返送されるのでは? との気持ちから、姪宛てに香典を送り、機会ある時に姉に渡してくれるようお願いをしたのです。
その時に、姪宛てに手紙を添えました。 つまらぬ兄弟のいがみ合いから甥・姪に迷惑をかけ続けていることへの謝罪、そして知らせてくれたことへの感謝、加えて現在の私が末期の癌を患っている為、遠方であるが故に墓参りへも速やかに行動できぬこと、等を書き込んだのでした。
すると数日が経ち、ある日の夜に姪から電話が掛かってきました。ちょっとばかり泣き声であるようにも聞こえた暫くぶりの姪の第一声は、父親の死の悲しみを差し置いて、私の病気の状態、闘病生活について聞き及んできます。「まだまだ大丈夫! 元気だよ!」 と答えると、溜息をつきながら、それはそれは本当に喜んでくれるのです。 いがみ合いとは直接関係のない姪とは言え、嬉しくて私こそ涙がでる思いでした。
更に驚いたのは、その姪との電話を切ってから1時間後のことです。 なんと、今度は母親である姉が15年振りに直接電話を掛けてきたのです。離れている姪から聞き及んだそうで、姪同様に自分の旦那様の死をさておき、震える声で開口一番 「病気のことを聞いたけど、何でもっと早くに分からなかったの~!!」 と泣き出します。
15年間のわだかまりがそこで一瞬にして消え失せました。 会話の途中で姉が 「あの時は・・・」 と、言い訳のような言葉も出かけましたが、私の方が 「もう、その話はやめようよ・・・」と言うと、「そうだね・・・」と答えてくれ、その後、妻とも何もなかったように会話をしてくれました。 その際には正月明けに我が家へ来てくれることを約束してくれ、一週間ほど前には15歳も年月が経過したとは思えぬ若々しい風貌で、両親の墓参り方々、我が家を訪れてくれたのでした。
私の末期癌 ・・・・・・ 何も悪いことばかりではありません。 この病気を患っていなかったら、姉弟の雪解けなど果たしてあったのでしょうか?
恐らくきっと、死ぬまでなかったことと思っています。