ある日の電話で、けんごが言った。
「いぐさんへの気持ちを、
この和風の曲に詰めました。
僕には経済力がないけれど、
これからもずっと一緒に
音楽をやりたいし、
一緒に過ごしたい。
でも、いぐさんには選ぶ権利がある。
もし安定を選ぶなら、
音楽は一緒にしたいけど、
好きという気持ちはもう表に出さない」
そんなの、ずるい。
好きな気持ちを表に出さない人と、
ユニットなんて組めない。
つまり、
安定を選ぶなら終わりということ。
少しでも惹かれ始めていた相手から
それを突きつけられたら、
選ぶ未来なんて、もう決まっている。
安定より、スリルだった。
でも、ひとつだけ、
私はまだけんごに
伝えていないことがあった。
私は、
これから仲良くしたい人には
必ずカミングアウトすることにしていることが
ふたつあった。
ひとつはすでに離婚歴があること。
今の旦那は再婚相手だ。
「私、仲良くなりたい人には
必ず教えることにしてることがあるんだけど」
「え? なに? 怖いんだけど」
「たいしたことじゃないと思うし、
それをたいしたことないと
思ってくれる人じゃなきゃ、
仲良くなれないと思う」
「うん」
少しだけ、
言いづらい過去がある。
あとから知られて
離れていかれるくらいなら、
先に伝えておきたい。
それが、
自分を守るためのやり方だった。
先述した離婚歴の話は
いつか練習終わりのギラギラカフェで
したことがあった。
けんごからは、
「そんなに年取ってないよね?」
というような答えが
返ってきたように記憶している。
田舎は、早くに結婚する人が多いのだ。
そしてけんごに伝えていない過去は
もうひとつ。
少し言葉を選んで、私はそれを伝えた。
一瞬の沈黙。
「……。」
「え? 聞いてる?」
「え? それだけ?」
やっぱり、と思う。
見た目の一部みたいなことを
気にする人じゃない。
むしろ、
拍子抜けしたように言った。
「なんだぁ。子供でもいるのかと思った」
けんごが心配していたのは、
そこだった。
これから私とけんごがすることは
結婚ではない。
音楽活動をするのだ。
一緒に音楽をやっていく上で、
子供がいると少々厳しめの制限が出る。
その方が、
けんごにとっては
ずっと現実的な問題だったらしい。
そういう人なんだ、と思う。
私に子供がいない理由は、
最初の旦那と結婚した際は
精神的に人生のどん底で舟をこいでいたこと。
そして今の旦那との結婚では
旦那が子供すぎたことが原因だ。
詳しくは、
をご参照されたい。
そうと決まれば、
離婚への迷いはもうなかった。
私は世間一般的に外道なことは
絶対にしたくなかったので、
もしけんごといい感じになっても
付き合うのは離婚後
と決めて、それをけんごに伝えてもいた。
それまでは今まで通り
週に1回スタジオ練習をして
帰りに夕飯を食べて帰る。
その生活をすることを宣言した。
だが、ただひとつ、
恐怖は残っている。
普段はおとなしいゲーマーの旦那が、
もしキレたらどうなるのか。
今すぐ家を出られるわけでもない。
その間に殺されるかもしれない。
最悪の事態を想定し、
その不安だけは、けんごに伝えておいた。
それでも、決める。
すぐに来られる距離には住んでいないので
かなり心配されたが、
実際にはそんなに非現実的なことが
起こる確率は低い。
旦那だって大手企業の正社員だ。
問題を起こしてクビになるより
穏便な離婚を選ぶだろう。
そのくらいは頭がいい人だ。
こういうことは、早い方がいい。
「明日、旦那に言うね」
次の日。
旦那の帰りは遅かったので
先に母親へ電話をかける。
世間体で
何かを保っているような人だから、
それはそれは強く反対された。
でも、思っていたし、決めていたんだ。
あなたみたいに後悔したくない。
私は幼いころから、
「私はあなたがおなかにできたから
音楽をやめたんだよ」と
事あるごとに聞かされて育った。
だから、後悔して愚痴る人生は
歩みたくなかったのだ。
しかし、この決定は
半分、駆け落ちのような形になる。
私はそれから三年ほど、
実家には帰れなかった。
その間に最高の相棒だった犬も旅立ち、
優しかった祖母も認知症を患ったうえ、他界。
それでも、
もう不安や恐怖はなかった。
未来への光だけが、
はっきりと見えている。









