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S.H@IGTのブログ

大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

マリオに連れてゆかれたのは、外国人が良く集まるミナミのショットバーだ。

多国籍の雰囲気が面白く、猥雑なインテリアがぴったりだ。

 

私と研修医の二人は落ち着かず、キョロキョロするばかりだが、隣のテーブルの女性のグループを見るマリオの眼つきがなにやら怪しい。

 

程なくして、マリオがあの女の子たちを引っ掛けようと言い出した。

マリオ、なにやら考えがあるという。

彼と私と研修医、丸い立ち飲みテーブルで、デコチン合わせて、相談を始めた。

 

彼は3人が役割を決めてゲームをしようと言う。

マリオはもうすぐパナマに帰る留学生。日本語カタコトしゃべる。

私はマリオの友人、二世のアメリカ人の医者で日本語全く解らない。日本の爺さんが死んだので、お墓参りで1週間だけ滞在してる。

研修医はただの研修医でカタコト英語もしゃべる。

 

話がまとまり、マリオは女の子たちの間に素早く座り込んだ。

二人もこっちへ来いと顎で合図する。

 

楽しいパーティが始まった。

4か国語(カタコト英語、カタコト日本語、フツーの英語、フツーの日本語)が飛び交う。

私の中途半端な英語で身元がばれると大変なことになるので、無口なアメリカ人を決め込む。

私は、すべての言語が判るのに、カタコト、フツーの日本語に反応してはいけないので、一番難しい役どころだ。

 

そのうち、マリオと研修医がトイレに立ってしまった。

するといっせいに女の子たちは、女だけの話を始めた。

『あのパナマ人、オヒゲ、気持ちよさそう』とか、『胸毛、どこまで続いていると思う?』とか、『抱きしめられたら背伸びしないといけないよね、キャー』とか言っている。 

あまつさえ『もうすぐ帰るらしいからあとくされなさそう』などと言うフトドキ娘もいる。

一人のカワイイ娘だけが、『この二世も、少しいいかも』、なんて言っている。

 

でも、私は、決して反応してはいけない、笑うなんて言語道断だ。

野口英世の写真みたいに、デコチンに人差し指と顎に親指を当て、うつむき加減でバーボンのロックをつまらなさそうに飲む。

 

11時になり、彼女たち、帰らなければという。

マリオったら、一人一人に“I miss you” とか言いながら、女の子のほっぺを口ひげで刺激している。

私はわざとアメリカ人訛りで “I wanna see you again” などと挨拶し、マリオのおこぼれに預かり、一人一人とハグをする。

日本語をしゃべる日本の研修医には、おこぼれもなく、何の挨拶もなく、女の子たちは立ち去ろうとしている。

 

その時、彼は絞り出すような声で、

『ずるーい、先生、僕も英語しゃべれる医者になりたーい』

 

その後、少しはこの経験が役に立ったのだろう。

いまその研修医は、とある私立医大の教授になって、時々海外に出掛けて立派に英語で講義をこなし、大活躍をしている。

 

 

つまらない話を長々と書いてしまった。 反省。

その男、顔が浅黒く、チリチリの短い毛で、頭は小さく、足は長い。 

顔のパーツは完璧なバランスを保っている。

背は高く、胸板は厚く、ショーンコネリーのように胸毛が生えている。

お腹には縦に3本の筋が入り、黒い下着を履いている。

いつも、オーデコロンのイイ匂いもする。

一緒のロッカールームで着替えていたので、この描写には間違いはない。

そのうえ何のために生やしているのか、鼻の下には切り揃えた髭がある。

ニタっと笑うと少しクラークゲーブルみたいだ。

 

その男、名前はマリオ、パナマから来た医学研究員で大学院生である。

 

スイスから大学に帰った私は、マリオの指導教官を拝命した。

どうも、それまで彼を教える役目の医者がいなかったらしい。

私が少しは英語が喋れる男であったので、マリオは何でも話してくれる。

マリオはとても喜んでくれた。

それはそれで私もかなり嬉しい。

 

私は彼にいろいろと放射線医学について教えたはずである。

一緒にウサギの実験もしたはずだし、カテーテルの扱い方も教えたはずだ。

私の指導で彼は、『肝動脈塞栓術後における胆嚢壁の障害についての考察』とかいう論文まで書き上げ、医学博士の称号を得たはずだ。

立派な研究態度であったと思う。

でも、そんなこんなの仕事の話はもうほとんど記憶にない。

 

私の記憶にあるのは、彼がとても女の子にもてたことだ。

ウチの奥さんなんかも、『マリオ、カッコイイ』と少し遠くを見ながら言う。

大学病院の看護師さんなんか更に具体的に、『マリオ、首筋がセクシー…』とかなり黄色っぽい声で言う。

 

そんなことは男の私にはどうでもよい。 が、私の脳の記憶野に強烈に食い込む思い出がある。

彼の帰国が間近になったある日、みんなで飲みに行こうとマリオ、行きつけのショットバーでの思い出だ。

 

つづく。


昔、大学にいた頃、造影剤の研究を始めた。

実績のない若い研究医にとってはかなり大それたテーマであった。

CT用の新しい造影剤の開発で、油のような造影剤と特殊な液体を混ぜ、牛乳状にして静脈から注入し、造影剤を肝臓に集める研究である。

実験では30分後、真っ白な液体は肝臓に集まり、CT検査で肝臓が真っ白になった。

大成功である。


しかし、この成功の裏には大きな犠牲があった

牛乳のような液体を耳の静脈から入れられたのは、日本白色兎という真っ白なうさぎであった。

論文を書くためには羽(ウサギは一匹ではない)ではお話しにならないので、何十羽のウサギが実験に使われ、その命と引き換えにデータを残してくれた。

合掌・・・。


暫くして、少し長期に肝臓の造影効果を見ようと、しばらくの間、飼い続けることになった。

どんな事情だったか忘れたが、造影剤を注射された兎を家に持ち帰り、一週間、自宅の庭で飼うことにした。



長期造影効果評価兎のNo.6だったのでその兎を『六ちゃん』と名付けた。

我が家の子供たちは大層喜び、犬か猫の首輪をつけ、庭の芝生で飼い始めた。

六ちゃんは我が家の芝生に、オシッコして芝生が線状に枯れてしまい、ウサギのオシッコは肥料には使えないことを教えてくれた。

一週間後、六ちゃんは大学に連れて帰られ、その理由は我が家の子供たちには伝えられなかった。


程なくして我が家に到来したのは『七ちゃん』であった。

我が家の子供たち、同じ白ウサギだが、六ちゃんと少しばかり違うのに薄々気が付いていたに違いない。

七ちゃんには裏の空き地の雑草をいろいろ与えたが、ウサギにも好き嫌いがあることを教えてくれた。




七ちゃんと入れ違いで到来した『八ちゃん』はすっかり子供たちの愛玩動物になっていたが、一週間で我が家から消えてしまった訳を、子供たちは私には聞かなくなった。


『九ちゃん』が我が家に到来した時、子供たちはもうすっかりことを理解し、大学に連れて帰らないでと私に懇願するのであった。


研究もひと段落し、九ちゃんを生贄にしなければならない理由はなくなり始めていたので、子供たちと相談し自宅の裏の空き地に放った。



自由を得た九ちゃんは、好きな草だけを一杯食べ幸せいっぱいであった。

時には前足を小さく組み、後足で立ち上がり、耳をピンと立てたりしている。



その眼は明らかに、大学の動物舎のゲージの中の目と違っていた。



そのうち、空き地の真ん中にあった小さな盛り土に穴を開け始め、何日か後には、穴から入り込み、盛り土の向こうから顔を出した。



九ちゃんの親たちは何十代に亘ってゲージの中で生まれては死に(あるいは殺され)を繰り返し、もう、九ちゃんは遠い昔にウサギであったことを忘れていたのではなかったか?

そんな逆境を何代にもわたり耐え抜き、受け継いだ野生のウサギの血が、九ちゃんの血管に立派に流れていたのだ。

九ちゃん、すごい。




数か月も経ったころ、ある日、犬の散歩をしていた人が、犬をその空き地に放った。



その犬は私が叫ぶ間もなく九ちゃんを見つけ、激しく吠えながら追いかけ始めた。

九ちゃんは、猛烈に早く空き地の中を逃げまわった。

飛ぶように走る、走る、、、。

九ちゃん頑張れ、穴に逃げ込め。


だが突然、九ちゃんは地面に投げ出されるように動かなくなった。

私は大声を上げて、空き地に飛び込み犬を追い払ったのだが、、、。

心臓麻痺のような死に方で、九ちゃんは、動かなくなった。




私の叫び声を聞いて、飛んできた息子は目に涙を一杯に浮かべ、私のそばに立ち尽くしている・・・。



その後、この造影剤の安全性を見るためラットの実験を行ったが、この造影剤を尻尾の血管から注射されたラットはことごとく高熱を発し、とても人間に投与できる代物ではないことが判った。

失われた数限りない日本白ウサギの命があったにもかかわらず、この素晴らしい肝臓のCT造影剤は、永遠にお蔵入りとなり、今はそんな研究もあったことを覚えている人もいない。



くだんの息子も医者になり最近、ウサギの実験を始めた。

黙々とウサギの腎臓にカテーテルを入れ、なにやら研究物質を流し込んだりしている。



一度聞いてみたい気もするのだが、彼は何を思いながらウサギのお腹にカテーテルを入れているのだろう?