治療当日、病院を訪れると下着1枚になり、患者の手術着に着替えるように言われた。
外来手術とは言え手術には違いない、手術着は生まれて初めて着ることになる。
形成外科の諸富先生が現れ、私の瞼に何やら真剣に線を入れている。
何だかプロの目が間近に見えて頼もしい限りだ。
そのあと、点滴をされ、心電図のコードを付けられて車椅子に載せられた。
車椅子に乗るのも生まれて初めてだ。
なぜこの状況で車椅子?と思ったが、意外に乗り心地が良い。
手術室の扉が開き、「おー。これが手術室か」と感慨深い。
私は一人で受診したので、見送る家内の姿はない。
手術台に横たわり、私の顔の上には無影灯ある。
「局所麻酔です。」の声がかかるが、立場上、ウロタエタ顔を見せるわけにはゆかない。
手術は順調に進んでゆく。
「痛くないですか?」と時々声が掛るが、ここでも立場上、痛いとは言い難い状況である。
1時間半後手術が終わり、無影灯が消えた。
「眼を開けてください」と言われ、私の顔の上に鏡が置かれた。
『オー、何だこの顔は、誰だこの顔は、、、』驚きと当惑が同時に私を襲う。
『こんな顔で俺のこれからはどうなるんだろう』と不安まで湧き上がる。
私の心を察したのか、諸富先生は「ひどい腫れは、2,3週間つづきますかね。、、まあ、違和感がなくなるまでは3か月くらいですねかね」
プロらしいコメントだ。
車椅子に載せられ、外来まで帰ってきた。
「奥さん、来られてますよ、、、」、外来の看護師さんが声を掛けてきた。
一人でタクシーで帰るしかないと思っていた私である。
意外な展開になってきた。
自然に安心感が沸きあがり、なんだか有難い気持ちになる。。
自宅の私の部屋は、半仕事部屋だが、気を紛らわすために、壁には家族の写真や、絵葉書や記念のバッジやらが、所狭しと貼ってある。
私の座る机の前には、母親の顔写真が貼ってある。
母親の顔には、明かに眼瞼下垂のサインがあり、思えば我が家系の特徴である。
鏡の中の自分の顔と母親の顔を見比べる。
思いがけない言葉が私の口から出た。
『お母ちゃん、ゴメン、、、』
1週間後、家内に「抜糸、私がやってあげる」と言われ、彼女のクリニックに連れてゆかれた。
顕微鏡下で細い細い糸を何本も抜いてもらった。
チクッとした痛みが何度も襲ってくるが、ここでも立場上、痛いとは言えない。
あっけなく、そっけなく終わった。
もう2か月以上になる。
眼を吊り上げられている感じが消えない。
眼を開けるより閉じる方が、力が要りそうな感じ、今も続く。
さすがに車載カメラはもう、何も言わなくなった。
視界は広がり、なんだか気持ちも少し若くったのか、世間がよく見えるようになった気がしなくはない。
初めは怖い眼になったと言われ、今は盛んに「美容整形しましたね」と意味深に問われ続けている。
目力が強くなったのは確からしく、瞬きしない眼でじっと相手の顔を見ると、交渉事はたいていうまくゆく。
昨日、同窓会で集合写真を撮ったその時、「堀君、笑って笑って」と名指しをされた。
本日、ラインで送られてきた集合写真の中で、一人引き攣った笑いを浮かべているのがいる。
それは私だ。