美人のススメ(その2) | S.H@IGTのブログ

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大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

その原稿、読み始めるとすぐに大変なことに気が付いた。

 

私のしゃべったことがみんな書かれている。

『嘘は言ってはいけないけれど、本当のことをすべて伝えてもいけない』という格言が全く守られていない。

知られてほしいこと、知られても構わないこと、どちらでもいいこと、知られない方がいいこと、知られたら大変なことになりそうなことが、みんなゴチャマゼになっている。

こんなことが私の口から出て公になれば、もう暗い夜道は歩けなくなるか、ひげでも生やし帽子を深くかぶる癖でもつけなければならなくなりそうだ。

 

それに私の年代なら使うことはまずないような、ナウい言い回しもいっぱいある。

同級生に知れたら、なんだか言われて、仲間に入れてもらえそうにない。

 

タイトルだって気に入らない。

『なぜ関空に世界中からがん患者が集まるのか』

確かに中国やいろんな国から患者さんは来ているのだが・・・。

私は決して誇大妄想狂ではないと自分では思っているのに・・・。

まずは本屋さんで手に取ってみる気を起こしてもらうためには、このタイトルが一番いいらしい。

プロが言うなら仕方があるまい。

 

 

仕事が終わり、自分の部屋で来る日も来る日も直し続けた。

二重線で消しては、行間に訂正の言葉を書き入れ、余白に大きな吹き出しを作って追加の文字を一杯一杯書き込んだ。

フリクソンの消せる赤のボールペン、大いに重宝した。

赤の替え芯が2本もなくなった。

 

原稿を赤字で直し消し、直し消しながら、ふと思った。

あれはいい、一度書いたものを簡単に消して変えられる。

私の過去には消してしまいたいような事柄もいっぱいある。

こうすればうまくいったにちがいないと思うことも数限りなくある。

フリクソンのように人生の間違いを何度も消して直せる道具はないものか?

 

校正原稿を送ってもらい、更に直し続けた。

出版社の人とは半ば喧嘩のようになりながら、意見を交わし、出版キャンセルの話も何度もした。

彼らが異様に私のわがままに寛容で忍耐強かったことに今は大いに感謝している。

 

もう、これ以上直すべきところはないと思った。

その時、ふと私のクリニックの設立に深くかかわった今は亡きJean-Marie Vogelの名をどこかに残せないかと思った。

本の始まりに、思いを込めて『Jean-Marie Vogelに捧ぐ』、と書くことができた。

もう、これで思い残すことはない。

 

今年か来年、ボストンへまたお墓参りに行こう。

彼の書棚に、そっとこの本を一冊、置いて来よう。

 

 

最近、私の外来に本を読みました、という患者さんがよく来るようになった。

なんだか申し訳ない気がするので、時間を戴き申し訳ありませんでしたと、まず謝る。

次に、かなり恥ずかしい気持ちになるので、なるべくその話には触れないようにして、診察を始める。
でも、初対面のその患者さんとの信頼関係もうできている。

彼女に感謝しなければならない。

 

小さいときから仲の良かった従兄がいる。

実は私は彼には大きな貸しがある。

彼がヨーロッパを貧乏旅行しているとき、私の紹介でバチカンの枢機卿のところに1週間も泊まり込み、食事までお世話になり、あまつさえ小遣いまでももらった男だ。

彼は今も私の故郷の静岡県島田市に住まい、旅行関係の仕事に従事している。

その従兄が島田の書店に宣伝してくれたらしい。

彼の言葉を真に受けた書店の従業員は、『島田が生んだ世界の名医の書いた本』というキャッチコピーを店に張り出したらしい。

平積みになっていた本が、マタタクマに売れ、もう一冊も残っていないとのとの事だ。

これでバチカンの件、貸しは帳消しだ。

 

でも、私に本を書くことを勧めてくれた美人には、大きな借りが出来てしまった。

この借りは、彼女の健康を守ることで、少しずつ、何年も何年もかけて返すしか方法がない。