随分と昔のことでもう時効だ。
それに、役に立つ話ではない。
私が勤めていた市民病院では、救急外来の医者が足らず、放射線科の私にも当直を分担してほしいと話があった。
私の専門知識は、救急医療とはかけ離れており、責任を果たせる自信もない。
でも、外科や内科の先生がいかに苦労し、当直明けにも働き続けていることはよく知っている。
ここで知らん顔を決め込んでは男がすたると思い、心細いが月1回程度であればと、引き受けた。
いろいろな人が来た。
患者さんの前でどうしようと悩んでいるとベテランの看護婦さん(当時は看護師ではない)がそれとなく対処法を教えてくれる。
私はこの頃から彼女たちに感謝の念を持っているのだが、彼女たちの呼び名は看護師に変わってしまっている。
大暴れの酔っ払いを病院の守衛さんと両脇抱えて警察に連れて行ったこともある。
酔っ払いの扱いは、病院より警察の方が断然うまい。
近くの駅で倒れていた女の子、救急搬送されてきた。
急性アルコール中毒とみたが、暴れないので警察に任すわけにはいかない。
点滴をしてアルコールを薄めるしかない。
当然、そのうちおしっこがしたいと言い出した。
でも歩けない。導尿(尿道から膀胱まで管を入れておしっこを出す)と看護婦さんに指示したら、その夜の当直は看護士だった。
その看護士さんは彼が管を入れるのは断固嫌だという。
私だって嫌だ。
仕方がないので、二人でトイレに連れてゆき、便器に座らせようとしたが、彼女はフラフラで下着も脱げない。
その時、私は彼に業務命令を発し、下着を脱がせ、個室で彼女の膀胱が空になるのを確認させた。
彼女の親に連絡しようとしたが、絶対に知らせないでと泣くばかり。
気持ちが判らないわけではないし、家庭騒動の原因を作るわけにはいかないので、朝まで面倒を見た。
朝になり、普通の女の子になった彼女の行く末を少しばかり心配した。
太ももを怪我した普通のお兄さんが運ばれてきた。
一見自由業、サラリーマンではなさそう。
怪我を治療するためにズボン脱がそうとすると、身悶えして抵抗する。
それでも無理やり脱がすと、女の子のパンツを履いていた。
私は彼の心に深い傷をつけてしまったかも知れない。
夜中はCT検査が出来なかった。脳梗塞なのか脳出血なのか、区別のつかない患者を救急車に乗せて、脳外科の専門病院に何度も運んだ。
救急隊員には救急医療の裏側や、夜中に起こるいろいろな事を教えてもらった。
その後、世の中も変わり、その古い病院もピカピカの病院になり、医者のトレーニングも進み、私のような医者が救急医療に携われる機会も無くなった。
私もその病院を離れて幾久しい。
テレビで救急医の話が出たりすると、なんだか少し寂しく感じることがあるけれど、少しは役に立ったよねと、自分を慰めたりしている。