サクラちゃんに最初に会ったのは、私が小さなオフィスを借りていたビルのエレベーターホールであった。
国際ビジネスフロアーと呼ばれていたその階は、9時も過ぎるとホールの電灯は薄暗くなり、一人で仕事をしていると妙に落ち着かない。
カバンに書類を詰め込んでエレベーターを待っていたその時、音もなく開いたエレベーターのドアーから飛び出してきたのは、ピチピチのホットパンツにおへそを出して、ピンク色の肌に湯気を立てながらバスタオルを首にかけたスタイル抜群の美人であった。
それはサクラちゃんというよりもモモちゃんと呼ばれるべき天女であり、天の羽衣を盗んだ男もこれほど心がときめかなかったに違いない・・・。
ずっと後になって彼女と話ができるようになって、あの時のことを話したら、ビルの中のスポーツクラブで汗を流してサウナに入った後に、仕事を思い出してオフィスに帰ってきたのだそうだ。そういえばすれ違った時にシャンプーのいい匂いがして、私の臭神経(頭の神経の第一番目の枝)からビリビリと電気が伝わり、私の五感のすべてがぐにゃぐにゃになってしまったのも無理からぬ話であった。
彼女はドイツの機械会社の支店長秘書であり、支店長とどちらが偉いのか判断の難しい才女であった。ドイツ語なんかもうペラペラで、時々あっちの国の人になってしまうのであった。
もう一人、サクラちゃんとは甲乙つけ難い英語ペラペラの美人がいて、ビルの人たちが二手に分かれてファンになっていたのを私は知っている。実は彼女は私の秘書で、今も秘かに自慢しているのだ。
さらにもう一人、美人がいた。隣の部屋はロシアの航空会社の事務所で紅毛碧眼のクセーニュアである。体操選手みたいな19歳の超美人であった。さすがに鼻が高く、私なんぞ小さな声で『おはよう』と挨拶しても返事をしてくれず、“hello ”と言って呟いても振り返ってもくれなかった。
彼女は日本語も英語も判らないんだと自分を納得させていたのに、或る時ローソンで上手に日本語を使ってお買い物をしているクセーニュアを発見した時はショックであった。
そんなクセーニュアともいつしか話ができるようになったが、それは彼女が帰国寸前であったのは悲しいことであった。それに今頃は露鵬みたいなロシアのおばさんになっていたらどうしよう。これも悲しいことだ。
そんなビジネスフロアーの人たちが、街の居酒屋なんかに集まって時々賑やかな飲み会が開かれた。もうすっかり陽気な会で、右の耳から英語が入って左の耳から日本語が入って頭の中でミックスされ何が何だかわからない国際パーティになるのだ。
こんな会が世界中に広がったら戦争なんか未来永劫起こりっこない。
今もまだ、国際ビジネススロアーはあるけれど、不景気風のせいだろうか。そんなパーティが開かれているとはとんと聞かなくなってしまった。私も本業が忙しく、長くこのフロアーには御無沙汰している。サクラちゃんもドイツに行きその後、東京に移ったという。
サクラちゃん、今も幸せに暮らしているのだろうか。風の便りでは、ホットパンツ姿でスポーツサイクルに跨り街を走っているという。
事故が起こらなければいいが・・・。