真ん中っ子日和 -9ページ目

真ん中っ子日和

いい加減。マイペース。一人楽すぎてワロタ。だけどほんとはさびしいんだ☆…なんてこと死んでも言えない中間子。
今度文芸社さんから自費出版させていただくことになりました。
自費出版のあれやそれもちょいちょい更新していくよ!

死ぬことを『永遠の眠り』と人は言う。
けれどそれが眠りではないことを誰もが知っている。
人は弱い。すぐに死ぬ。
そのことをレンは知っていたはずだった。
わかっていたはずだった。
ただ、忘れていた。
明日は当たり前みたいに来ると、そう思っていた。




あたりがだいぶ暗くなった頃、小さな湖を見つけた。
レンは音もなく降り立って湖面をじっと見つめる。
どのくらいそうしていただろう。やがて月が姿を見せた。月の光がレンと湖面と湖面に浮かぶ蓮を照らす。
白く光る花弁を見つめていると、明鈴の声が、言葉が、聞こえてくるような気がした。




『昼間に見ても綺麗なんだけど、夜のほうがもっと好きだわ。月の光に照らされて、銀色に輝くの』
『明鈴、その花好き?』
『ええ好きよ。大好き』
そうしてレンのことも好きだと言って、笑った。




ああ、と心の中で呟く。
本当だね、明鈴。
とても とても 綺麗だね。




「僕も大好きだよ……」




風がレンの頬を撫で、湖面と蓮を揺らした。
「明鈴……」
一際大きく、白く、美しく輝く蓮に向かってレンは呟いた。
「そこに、いるの……?」





「また明日ね」と言って笑った。
淋しげな顔をしていた。
守れないと知りながら約束をした。
綺麗な澄んだ瞳だった。





月の光に包まれて湖面の上で輝く
あの美しい蓮のように。
会って、話をして、「また明日」と言って別れる。
それだけの日々。
他愛もない会話をするだけの関係。
けれどレンはそこに居心地の良さを感じていた。
明鈴はいつだって穏やかで優しくて、なんだか眩しかった。




「レンの髪って綺麗よね」
出会ってから七日目の夜、明鈴は不意に言った。
「真っ直ぐでサラサラ。白銀って言うのかな?何かに似てる……ああ」
明鈴は目を細めた。
「レンはレンに似ているんだわ」
「?」
明鈴の言っていることが分からず、レンは内心首を傾げた。
「れん?」
「そう。蓮」
見たことある?と聞かれて首を横に振る。なんなのかさえ分からなかった。
「蓮っていうのはね、花の名前なの。うちの裏の山にね、小さな湖があって、そこにいっぱい咲いてるの。小さい頃よく夜中に家を抜け出して見に行ったりしてたわ。とっても綺麗な花なのよ」
「ふぅん……」
「昼間に見ても綺麗なんだけど、夜のほうがもっと好きだわ。月の光に照らされて、銀色に輝くの。ちょうど…」
明鈴の指がレンの髪に触れる。
「こんな色に……」
その手も、瞳も、とても優しくて。
この表情が自分に向けられたものであればいいのにと思った。
過去を懐かしむのでも花を愛でるのでもなく。
僕に向けた心であればよかったのに。
「明鈴、その花好き?」
「ええ好きよ。大好き」
明鈴はレンの髪から手を離し、にこりと笑った。
「レンもね」
「え?」
「レンも、蓮も。どっちもあたしは好き。大好きよ」
一拍置いてレンの顔がかぁっと赤くなる。明鈴は可笑しそうにくすくす笑った。
そして目を伏せた。
「もう一度でいいから、蓮を見たいわ。死ぬ前にあと一度でもいいから…」
そう言った彼女はとても切なげで。
ねぇそんな顔しないで。
僕まで哀しくなってしまうから。
「レン?」
明鈴が不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたの?」
「…明日」
明鈴の姿が少しずつ透けてくる。もう時間がない。
「明日、見に行こう。……二人で。夢の外に人を連れ出したことはないけど、でも、僕頑張るから。だから…」
「……うん……」
明鈴をそっと見る。何故か明鈴は泣きそうな顔で笑っていた。
「レンから『明日』って言ってくれるのは初めてね」
明鈴はふふ、と小さく笑った。
「約束しましょ。明日、連れて行ってね?」
胸が詰まって、でもその理由もわからなくて、ただこくんと頷く。
「また明日ね、レン」
その言葉を最後に明鈴は姿を消した。





けれど。
次の夜も、そのまた次の夜も、レンが明鈴に会うことはなかった。
懸命に探しても、どの夜にも彼女はいなかった。
そしてレンは思い出す。
そうだ、あの夜明鈴は「死ぬ前に」と言ったのだ――――
銀色の長い髪と紫の瞳は、人の目には恐ろしいほど美しく映るらしい。
レンが中性的で整った面立ちであるからなおさら。
初めて「綺麗だね」と言われたときから一体どれくらいの時間が経っただろう。
その言葉をくれた人はおそらくもう亡い。人の身はレン達ほど長く生きられない。
けれど人はレンよりも多くの感情を知っている。
人の世で数百年という時が流れても、レンは「綺麗」の意味さえわからないままだ。





「君の願い事は何?」
少女はぼーっとレンを見つめていた。
「あなた、誰?」
長い間の後にようやく口にした言葉はそれだけだった。
「人には夢魔って呼ばれてるみたいだね」
「ふーん」
夢魔、と音を乗せず唇を動かして、少女はレンを見た。
「でも私が聞いたのはそっちじゃないわ」
「え?」
「私が聞いたのは名前よ。あなたの名前」
名前を聞かれたのは初めてで。
「ね、名前はなんていうの?」
「……レン」
少し照れくさくて、でも悪い気分じゃないなと思う。
レン、と少女は小さく呟いた。
「綺麗な響きね」
「君の、名前は?」
少女はにこっと笑った。
「明鈴。
メイリンって呼んで。私もレンって呼ぶわ。
ねぇレン、お話ししない?」





明鈴の話は他愛もないことばかりだった。
時折頷いたりしながらレンは明鈴の話を聞いていた。
抱きしめたら折れそうなくらい細いのに、弱弱しさを微塵も感じさせない身体。
くるくるとよく変わる表情。
そういう明鈴を取り巻くいろいろなものが、なんだかとても眩しかった。





不意に明鈴が立ち上がる。
「もう、行かなきゃ……」
身体がすぅっと薄れる。目覚めかけているのだ。
とっさに明鈴の腕を掴む。
明鈴は驚いたような顔をした。
「レン?」
「あ……」
自分でも何故そんな行動に出たのかわからず、レンはひそかに混乱した。
「えっと…」
わからないまま、思いついた言葉を口にした。
「願い事……まだ聞いてなかったから……」
明鈴はかすかに笑った。
「レン」
「ん?」
「また明日、ね?」
唄うような声で、いたずらっぽく唇に細い指をあてて、明鈴は穏やかに微笑んだ。
その笑顔がとても優しくて、また明日と言われたのが嬉しくて、そんな自分に戸惑って。
レンはぎこちなく頷いた。
「うん」