真ん中っ子日和 -8ページ目

真ん中っ子日和

いい加減。マイペース。一人楽すぎてワロタ。だけどほんとはさびしいんだ☆…なんてこと死んでも言えない中間子。
今度文芸社さんから自費出版させていただくことになりました。
自費出版のあれやそれもちょいちょい更新していくよ!

ねぇ、貴方には大切な人がいる?





マオと明鈴の顔が頭を過ぎったけれど、レンは首を横に振った。
「昔はいたんだけどね……」
だってもう二人ともいなくなってしまった。
レンを置いて。
「会いたい?」
今度は頷く。
言いたいことも伝えたい想いもたくさんあって。
でも何一つ伝えられなかったから。
それがずっと悲しくて、辛くて、だから。
会いたい。
少女の手が俯いたレンの頬に触れた。
「会いたいと今でも思えるなら、傍にいるのと同じだわ」
夢の中なのに、その手はとても温かかった。
「例え目には見えなくても。もう会えなくても。
忘れていないのなら。会いたいと思えるのなら、貴方の心にはまだいるということよ。
知ってる?人が本当に死ぬときはね、その人のことを誰もが忘れたときなんですって。
だから貴方が覚えている限り、その人たちは死なないの。
貴方は一人じゃないわ。触れることさえ叶わなくても、その人たちは傍にいるもの」
涙が、出た。
なんでかはしらない。ただ悲しいからではない気がした。
「此処に…」
もしそうならなんて幸福なことだろう。
目尻の熱い雫を拭い、レンは微笑んだ。
「君は、不思議な人だね」
少女はふふ、と笑った。
「よく言われるの。変な子だねって」
そうして目を伏せた。




「私も、大切な人がほしかったわ」




「『大切にしなければいけない人』ではなくて。『大切にしたいと思える人』に出会いたかった……」
「今からでも遅くないじゃないか」
「ううん駄目なの。私は駄目なのよ」
「どうして?」
「だって私貴族だもの。貴族の娘なんて政略結婚の道具以外の何物でもないわ。道具はね、意思なんて持っちゃいけないのよ。扱いづらくなるだけだから……」
「それが、君たち人間にとって『正しいこと』なの?」
だとしたらそれはなんだか変な気がする。
だってそんなのは悲しいから。
少女はレンを真っ直ぐに見つめる。
哀しいくらい綺麗な瞳で。
「何が正しいかなんてわからないわ。そんなのどうだっていいことだもの」
静かな声が胸に痛かった。
「ただ『そうしなければいけない』ということだけを知ってる。……だからもういいのよ」
ああ。
彼女はきっともうとても苦しんで。
そうして全てを諦めてしまったのだと、レンは悟った。
諦めないでとどうして言えただろう。自分は単なる夢にしか過ぎないのに。
希望を持たせることのほうが残酷なこともあるのに。
女の子はふっと微笑んだ。
「馬鹿ね。どうしてあなたがそんな顔をするの?」
だって悔しい。
この人はこんなにも優しいのに。一夜の夢にも優しさをくれる人なのに。
どうして、貴女が。
「僕は……」
震える声で言葉を紡ぐ。
「今日初めて君に出会って。まだちょっとしか一緒にいなくて。でも、君を大事だと、思って……」
言葉は途中から声にならなくて。
少女は囁くような声で「ありがとう」と言った。
「それなら私、とても幸せね」
そう言った彼女の顔は本当に嬉しそうに笑っていた。
「貴方に会えたから。誰かの娘だとか、そんなんじゃなくて私を見てくれたから。大切だと言ってくれたから……」
それがとても嬉しかったから。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「……レン」
「そう」
少女はレンの涙をそっと拭った。
「いい名前ね」
「君の、名前は?」
「私は……」





その子と同じ名の花をレンは知っている。
白く美しい花は何処か気高くて。
最後まで涙を見せずに笑っていた、あの人によく似ている。
夢を見るのは好きだ。
だって誰も自分を傷つけない。
夢の中でだけ自分は自分でいられる。
ずっと眠っていられたら、どんなにかいいだろう。




「みんな頑張れっていうのよ」
少女は青年に語りかける。
「酷いと思わない?私いつだって頑張っているのに」
青年は何も言わない。
当たり前だ。彼は自分の夢の中の住人なのだから。
青年の悲しそうな目に少女は気づかない。目を伏せて彼の髪を見つめ、触れる。
銀色に輝く月光を集めたような長い髪が少女は好きだった。
「貴方の髪はとても綺麗ね。私もこんな色がよかった」
彼のように美しければよかった。
そうしたらきっと自分に自信が持てた。
誰の意見にも左右されず、無理なことは無理だといえるように、きっとなれていたのに。
でも、現実は。
「……どうしてみんな私の気持ちわかってくれないのかしら」
ぽつりと呟く。
頑張って、頑張って、でもできないことは多くて。
一番辛いのも苦しいのも自分なはずなのに、みんな自分を責める。
こんなに苦しいのに。こんなに悲しいのに。
どうして誰も気づかないのか、少女は不思議だった。




「言わなきゃ伝わらないことも、あるんだよ」




少女は顔をあげる。
青年の優しい紫色の瞳が少女を見つめていた。
「今の声……」
ううん、と少女は首を振る。
「気のせいね、きっと」
そう言ったのは自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。




それっきり、彼が少女の夢に現れることはなかった。




独りは淋しい。
でも誰にも何も言って欲しくない。
そう 叫ぶような声が聞こえたから、レンは少女の夢を訪れた。
何も話してはいけなかった。
それが少女の願いだったから。
けれどどうしても言いたかった。言わなければならないと思った。
彼女がその後どうなったのか、レンは知らない。
「もう傍に行くことは出来ないけれど、どうか」
傷ついていた幼い魂が、幸せになれる日が来ますように。
誰よりも切に信じて、祈っている。

涙雨という言葉があるのだと誰かに聞いた。

涙が雨と化して降るなら、その涙は誰のものだろう。
どうしてその人は泣いたんだろう。
願わくば喜びの涙であってほしい。
辛くて 苦しくて あんなにも泣いたというのなら、あまりにも哀しい気がするから。





「でも泣かないよりかはいいけどね」
そういうと青年は不思議そうな顔をした。
「どうして?」
「だってそういうのってさ、『泣かない』より『泣けない』に近いじゃない」





昔好きだったタイトルも覚えていない絵本。
『泣きたいのをがまんしてばかりじゃいけないよ。
そのうち泣けなくなってしまうから。
流せなかった涙は心の中に溜まって海になって
いつしか自分も溺れてしまうから』
あやふやになってしまったストーリーの中で、その言葉だけはやけにはっきりと覚えている。




「涙の海かぁ……どんなのだろうね」
青年はそう独り言のように言った。
ふと興味が湧く。銀髪に紫の瞳の美しい人は、どんな海を想像するのだろう。
「どんなのだと思う?」
青年が考え込みながら聞いてきた。しまった。先手を打たれた。
私は仕方なく言葉を必死でひねり出す。
涙の海、もしそんなものが本当にあるなら。
「……優しい海。温かな海だと思う」

だってそれは誰かを傷つけないためにできたものだから。

たとえ悲しみからあふれたものだとしても、そこにはきっと優しさが溜まっているのだろう。
青年は頷いた。
「僕もそう思う」
「うわー何それ。ずるいよ」
「はは」
青年は笑って空を見上げた。
「だって本当にそう思ったんだ」





その声は切なく、深い色を帯びて。
ああ きっとこの人も涙の海を持っているのだろうと ぼんやり思った。





夢は唐突にそこで終わった。
目が覚めて、窓の外を見ると小雨が降っていた。




誰かの心の涙の海が溢れて雨になるんだろうか。
海水は大人になるにつれて嵩を増していく。
きっと皆涙の海を持って生きているのだろう。
涙の海から溢れた想いはやがて雨となり、地表に降り注ぐ。
だから地球はこんなにも美しい。




雨が降る。
しとしとと、小さな音を立てて。
この中に彼の涙も混じっているのだろうか。
美しく優しく哀しい目をした、あの人の。