マオと明鈴の顔が頭を過ぎったけれど、レンは首を横に振った。
「昔はいたんだけどね……」
だってもう二人ともいなくなってしまった。
レンを置いて。
「会いたい?」
今度は頷く。
言いたいことも伝えたい想いもたくさんあって。
でも何一つ伝えられなかったから。
それがずっと悲しくて、辛くて、だから。
会いたい。
少女の手が俯いたレンの頬に触れた。
「会いたいと今でも思えるなら、傍にいるのと同じだわ」
夢の中なのに、その手はとても温かかった。
「例え目には見えなくても。もう会えなくても。
忘れていないのなら。会いたいと思えるのなら、貴方の心にはまだいるということよ。
知ってる?人が本当に死ぬときはね、その人のことを誰もが忘れたときなんですって。
だから貴方が覚えている限り、その人たちは死なないの。
貴方は一人じゃないわ。触れることさえ叶わなくても、その人たちは傍にいるもの」
涙が、出た。
なんでかはしらない。ただ悲しいからではない気がした。
「此処に…」
もしそうならなんて幸福なことだろう。
目尻の熱い雫を拭い、レンは微笑んだ。
「君は、不思議な人だね」
少女はふふ、と笑った。
「よく言われるの。変な子だねって」
そうして目を伏せた。
「私も、大切な人がほしかったわ」
「『大切にしなければいけない人』ではなくて。『大切にしたいと思える人』に出会いたかった……」
「今からでも遅くないじゃないか」
「ううん駄目なの。私は駄目なのよ」
「どうして?」
「だって私貴族だもの。貴族の娘なんて政略結婚の道具以外の何物でもないわ。道具はね、意思なんて持っちゃいけないのよ。扱いづらくなるだけだから……」
「それが、君たち人間にとって『正しいこと』なの?」
だとしたらそれはなんだか変な気がする。
だってそんなのは悲しいから。
少女はレンを真っ直ぐに見つめる。
哀しいくらい綺麗な瞳で。
「何が正しいかなんてわからないわ。そんなのどうだっていいことだもの」
静かな声が胸に痛かった。
「ただ『そうしなければいけない』ということだけを知ってる。……だからもういいのよ」
ああ。
彼女はきっともうとても苦しんで。
そうして全てを諦めてしまったのだと、レンは悟った。
諦めないでとどうして言えただろう。自分は単なる夢にしか過ぎないのに。
希望を持たせることのほうが残酷なこともあるのに。
女の子はふっと微笑んだ。
「馬鹿ね。どうしてあなたがそんな顔をするの?」
だって悔しい。
この人はこんなにも優しいのに。一夜の夢にも優しさをくれる人なのに。
どうして、貴女が。
「僕は……」
震える声で言葉を紡ぐ。
「今日初めて君に出会って。まだちょっとしか一緒にいなくて。でも、君を大事だと、思って……」
言葉は途中から声にならなくて。
少女は囁くような声で「ありがとう」と言った。
「それなら私、とても幸せね」
そう言った彼女の顔は本当に嬉しそうに笑っていた。
「貴方に会えたから。誰かの娘だとか、そんなんじゃなくて私を見てくれたから。大切だと言ってくれたから……」
それがとても嬉しかったから。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「……レン」
「そう」
少女はレンの涙をそっと拭った。
「いい名前ね」
「君の、名前は?」
「私は……」
その子と同じ名の花をレンは知っている。
白く美しい花は何処か気高くて。
最後まで涙を見せずに笑っていた、あの人によく似ている。