真ん中っ子日和 -6ページ目

真ん中っ子日和

いい加減。マイペース。一人楽すぎてワロタ。だけどほんとはさびしいんだ☆…なんてこと死んでも言えない中間子。
今度文芸社さんから自費出版させていただくことになりました。
自費出版のあれやそれもちょいちょい更新していくよ!

泣き叫んでも届かないというなら、声なんていっそ枯れてしまえばいい。
そうすればきっと期待さえも抱かずにいられるだろう。




レンは夢を見たことが無い。
寝たことがないのだから当たり前だとも言える。
『見せる』ことはできても『見る』ことはできないというのもなんだか変な話だ。
最近思う。
もし夢が見られるとしたら、自分は何を望むのだろうかと。




ある夜のこと。
出会った人は泣いていた。
零れる涙を拭いもせず、虚ろな瞳で空を見ていた。
虹を見ていた。
不意に既視感が過ぎる。それが何なのか分からず、考えているうちに女はレンに気づいた。




「ねぇ、何が欲しい?
この夢の中では、全てが君の思うままだよ」
「私は、貴方が欲しい」




嘘つき。




笑おうとした。
笑おうとしたのに、上手く笑えなかった。
そうしたらやっぱり見抜かれて、「どうしてそんな顔するの」と問われた。
だから聞いた。
「じゃあどうして君は泣いてるの」と。




どんなに優しくても夢は夢で。
朝になれば消えてしまうモノでしかなくて。
そして僕は夢から出られない。
僕も所詮夢にしか過ぎないから。




「ずっと、一人で泣いてたんだよ」
誰かを待ち続けて。
「誰も気づいてくれなかったの?
気づいてと願うことにさえ疲れて
自分でも泣いていることを忘れようとするほどに」
夢じゃない、消えない温もりが欲しくて。
「淋しかったね……」
僕には君の想いがよくわかるんだ。
「辛かったね……
苦しかったね……」
僕も同じ痛みを抱えているから。




欲しいのはいつだって現の温もり。
『誰か愛して愛して愛して。
そして僕をどうか忘れないで……』




本当はね。
泣き叫んだりなんかしてなかった。
声に気づいて欲しかった。でも気づかれることに怯えていた。
気づいてそうして
無視されたら。拒絶されたらと思うともう何も言えなかった。
そうやってずっと自分の願いに気づかないフリをしていた。
愛して欲しいだなんて、言えなかった。




『普通の人として生きて
泣いて 笑って 怒って 許して
愛して 愛されて……』
夢を見るならそんな夢がいい。
誰にも言えない。
決して叶わない、願い。
虹のふもとには宝物があると言う。
それはある意味正しい。
誰が見ても善いと思えるものはきっと人の手の届かない場所にあるのだ。





「君は何を欲しいと思うの?」
甘く優しい声が響く。
「わかんない」
ほしいものなんて何も無かった。
満ち足りているというのとは少し違う。
ただ、「欲しい」という強い感情を抱く対象が思いつく限りに無いというだけのことだ。
虹のふもとの宝物。
もしそんなものがあるなら、見てみたい気はするけれど。
「ちょっとは考えてみなよ」
呆れたようにその人は笑った。紫の瞳が細くなる。
銀色の長い髪が風に揺れる。
月の光を集めたらこんな色になるんだろうか。そんなことをぼんやりと思う。
「ねぇ、何が欲しい?」
紫水晶のような美しい瞳。
「この夢の中では、全てが君の思うままだよ」
欲しい、と思った。
この髪が。瞳が。
この人が欲しい。



「私は貴方が欲しい」



彼は驚いたような顔をした。
「僕?」
頷くと彼は目を伏せて小さく。
笑った。
「どうしてそんな顔するの?」
哀しそうな顔で笑うの?
「じゃぁ」
彼の手が私の頬に触れた。
「どうして君は泣いているの?」




涙なんてとうに無くしたと思っていた。




涙は何故か後から後から溢れてきて止まらなかった。
「いつから?」
「初めから。僕が君を見つけたときには、もう」
気づかなかった。
気づいてしまったら涙は余計に溢れて、自分でも困惑した。
涙を拭うことさえ思いつかなかった。
「……ずっと、一人で泣いてたんだよ」
青年は私の涙を指で拭った。
「誰も気づいてくれなかったの?
気づいてと願うことにさえ疲れて
自分でも泣いていることを忘れようとするほどに」
切ない声。
「淋しかったね」
その一言が、やけに、響いて。
「…っ…っつ…ぅ…」
声が洩れた。
口を手で押さえて必死で押し殺そうとしたら、青年は私の手を取って私を抱きしめた。
思う存分泣いてもいいよと言われた気がした。
「辛かったね。
苦しかったね。
よく、頑張った、ね」
ああ。
私はきっとずっと、誰かにそう言って欲しかった。





彼と会ったのはその一度だけ。
以前と変わらない日々の中で、時々彼を思い出す。
今でも彼がどういう存在であったのかはわからない。
ただの夢だったのかもしれない。
私は密かに虹のふもとに住んでいる人だったのではないかと思っている。
優しく哀しげな瞳は今もあのままなのだろうか。
彼はきっと自分という存在が宝物であることを知らない。
雨上がりの空、大きな虹を見つけた日はいつも呟く。
「欲しいと言ったのは、嘘じゃなかったんだよ?」
囁くような小さな声だけれど、彼の元に届けばいい。
これはレンが生まれる少しだけ前の物語。




「シア、本当に行くの?」
「うん」
シアは振り返ることさえしない。
けれどマオはシアがどんな顔をしているのか知っている。
「どうせ迷いなんかないんだろうけど」
「とぉおぜんっ」
ため息をつく。シアはいつもこうだ。一度決めたことは絶対に考えを変えようとしない。
だからきっと今も幸せそうな顔をしているんだろう。
ずっと見てきたから、そんなことはよくわかっている。
それでも。
「行くなよ」
「んー?」
「行くなよ、シア」
少しだけ間があって、シアは優しく、けれどはっきりと「ごめんね」と言った。
「あたし行かなきゃいけないの。だからごめんね、マオ」
「どうして……」
マオには分からない。
「人間が一人や二人死んだっていいじゃないか。どうせ僕らみたいには生きられないんだ。
シアが身代わりになったところで、大して寿命は変わんないよ」
生き永らえたとしても、100年も生きられはしないのに。
「マオ、あたしね。人間が大好きなの」
そんなことは知っている。いつも聞かされてきた。
「あたしたちが気にも留めないようなことで悩んで、苦しんで。
でも生きようと必死に足掻いてる。
人は本当に不器用で、だからこそ愛しいと思ってしまうの」
穏やかな声。
「それにね、マオ、知ってる?
人と命を交換したら人に生まれ変わることができるの。素敵でしょ?」
「全然」
シアは「ちぇっ」と言って笑った。
「マオ。私は人になりたいわ」
「だから、行くの?」
シアは首を横に振った。
「違うの?」
「半分正解ってとこね」
「もう半分は?」
シアは初めて振り返った。
その顔はやっぱり笑っていて。




「あたしね。
あの人が好きなの。
もう愛しい人を、死なせたくないのよ」




「人間みたいな顔して」と言ったらシアは「最高の褒め言葉ね」と笑った。
そうして行ってしまった。
「人間みたいな顔、するなよ……」
マオはもう一度呟いた。
泪は出なかった。
ただ胸に痛みだけが残った。
「マオ」と自分の名を呼んだ、優しくて少し低い声を聞くことは二度と無い。
もう人に生まれ変わることはできただろうか。
それを知る術など自分は持たないけれど。
マオは空を見上げた。



宇宙に散りばめられた無数の星たちが、かつて人であったことをマオは知っている。
輝いていないように見える星さえ熱い力を持っていることを知っている。
シアが泣きそうな顔でいつも同じ星を見上げていたことも。
それがシアがかつて愛した人の魂であることも。
「シア……」




「僕は多分
君のことが好きだったんだ」



それは淡く儚く、恋と呼べるのかさえ分からないほどのささやかな想いで。
気づかなくて、気づいたときにはもう遅くて
伝えることさえ今は叶わなくなってしまったけれど。




呟いた言の葉はやがて闇に溶ける。
マオは目を瞑った。




たくさんの想いを乗せて、星は今日も変わらず輝いている