目を開けたらそこは見知らぬ場所で、なのにどこかとても懐かしい場所な気がした。
ここはどこだろう。
私は何をしているんだろう。
わからない。はっきりしているのはただ一つの思いが胸にあること。
帰らなきゃ。
だってそう約束したから。
……あれ。
誰と約束したんだっけ。
おかしいな。何も思い出せない。
ここはやけに落ち着く。
少しだけ、眠ろうかな。
なんだか、とても、眠い……
「華夜」
か よ。
なんだっけ、それ。
「君の名前だよ、華夜」
私の、名前?
華夜はゆっくりと目を開けた。
綺麗な青年が立っていた。
少しだけ淋しそうな顔で笑っていた。
「もう、僕のことも忘れちゃったみたいだね。……ごめんね、遅くなって」
この人は誰だろう。
「人が夢を忘れるのは当然だけど、それでもやっぱり淋しいもんだね」
夢?
「あなたは、誰?」
青年は答えなかった。
ただ静かに笑うだけで。
「君たちの時間では遠い、遠い昔……」
胸がざわつく。
私はこの人を知っている気がする。
「一つの夢が生まれた。夢は長い年月を彷徨って、たくさんの人に出会った」
思い出さなきゃいけない気がする。
「そうして夢はたくさんの想いを知った。いつしか夢は人に惹かれるようになった」
思い出してあげたい。
だってとてもとても淋しそうだから。
彼が何を言っているかはよくわからなかった。
けれど彼はとても幸せそうに見えたから、何も言わずに黙っていた。
「そんなある日、夢は一人の少女に出会った」
青年が華夜を見つめた。
「人になりたいと願っていた夢は、夢になりたいと願っていた人に恋をした。誰かを守りたいという気持ちを知ったんだ。たとえそれが自分の命と引き換えになったとしても……」
青年は華夜を抱きしめた。
「…だから君は帰るんだ」
この腕を、温もりを、知っている気がする。
「さよなら、華夜……」
耳元で囁く声は不思議に安らかだった。
「愛してるよ……」
青年が華夜から離れる。
その身体がさらさらと音も立てずに崩れていく。
それを見た瞬間、華夜は悲鳴のような声で叫んでいた。
「……レンんんんっ――――――」
レンは。
驚いたような顔を一瞬、して。
笑った。
心から嬉しそうに、笑った。
伸ばした手が、届くことは、なかった。
レンは消えてしまった。
それから華夜の意識は急速に遠のいていった。
「レンは人間になりたいのよね?」
「うん?」
「私の身体、あげてもいいよ」
「え?」
どういう意味?とレンが少し驚いた顔で聞いた。
「明日、手術なんだ」
レンの瞳が大きく見開かれる。
「成功する確率は30%なんだって」
できるだけ淡々と感情を抑えるように言葉を紡ぐ。
「だからさ。もし駄目だったら、私の身体に入ってほしいの」
レンは呆れるだろうか。なんて自分勝手な台詞だろう。
それでも母を哀しませたくない。どうしても一人にさせたくなかった。
「女の子の身体で悪いけどさ。ちゃんと丈夫になってるはずだから…」
でも、そしたら自分は死ぬのだ。
今更ながら震えが来る。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
死ぬのはやっぱり怖いけれど。
「私の身体、使って?人間として生きて、幸せになって…?」
そう願うのも本当。
たくさんの優しさをくれたあなたに、少しでも私が幸せをあげられたらいいのだけれど。
そう思えば死の先にも救いがあるような気がするから。
レンが泣きそうな顔をしてすっと腕を伸ばした。
気がつくと華夜はレンの腕の中にいた。
「……約束、して……」
切ない声が耳元で響く。
「帰ってくるって。絶対帰ってくるって。そのために頑張るって。
僕も君のお母さんを哀しませたりしないって約束するから……」
ああ。
どうして分かってしまうんだろう。
何も言わなくてもわかって。そうしていつも。
私はあなたを傷つけるのに、あなたは優しい言葉をくれるのだろう。
「うん……」
華夜もレンを抱きしめる。
レンの腕の力がちょっと強くなって、なんだか胸がつまって泣きそうになった。
「約束するよ……」
ここは夢の中のはずなのに、どうしてこの温もりはこんなにも愛しいのだろう。
「お願い……」
レンの声は揺れていた。
その震える響きさえもどうしようもなく愛しかった。
華夜はふっと目を覚ました。
外はまだ暗いけれど、かすかに白んでいる。
もう一度眠りたかった。
レンに会いたかった。
けれど眠れそうにないとわかっていた。
今日は手術の日だ。
「うん?」
「私の身体、あげてもいいよ」
「え?」
どういう意味?とレンが少し驚いた顔で聞いた。
「明日、手術なんだ」
レンの瞳が大きく見開かれる。
「成功する確率は30%なんだって」
できるだけ淡々と感情を抑えるように言葉を紡ぐ。
「だからさ。もし駄目だったら、私の身体に入ってほしいの」
レンは呆れるだろうか。なんて自分勝手な台詞だろう。
それでも母を哀しませたくない。どうしても一人にさせたくなかった。
「女の子の身体で悪いけどさ。ちゃんと丈夫になってるはずだから…」
でも、そしたら自分は死ぬのだ。
今更ながら震えが来る。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
死ぬのはやっぱり怖いけれど。
「私の身体、使って?人間として生きて、幸せになって…?」
そう願うのも本当。
たくさんの優しさをくれたあなたに、少しでも私が幸せをあげられたらいいのだけれど。
そう思えば死の先にも救いがあるような気がするから。
レンが泣きそうな顔をしてすっと腕を伸ばした。
気がつくと華夜はレンの腕の中にいた。
「……約束、して……」
切ない声が耳元で響く。
「帰ってくるって。絶対帰ってくるって。そのために頑張るって。
僕も君のお母さんを哀しませたりしないって約束するから……」
ああ。
どうして分かってしまうんだろう。
何も言わなくてもわかって。そうしていつも。
私はあなたを傷つけるのに、あなたは優しい言葉をくれるのだろう。
「うん……」
華夜もレンを抱きしめる。
レンの腕の力がちょっと強くなって、なんだか胸がつまって泣きそうになった。
「約束するよ……」
ここは夢の中のはずなのに、どうしてこの温もりはこんなにも愛しいのだろう。
「お願い……」
レンの声は揺れていた。
その震える響きさえもどうしようもなく愛しかった。
華夜はふっと目を覚ました。
外はまだ暗いけれど、かすかに白んでいる。
もう一度眠りたかった。
レンに会いたかった。
けれど眠れそうにないとわかっていた。
今日は手術の日だ。
母はいつものように面会時間ぎりぎりに来た。
「今日も遅くなってごめんね。あんまりいてあげられなくて……」
そう言いながら花瓶の水を換える。
横顔はまた少しやつれたようで。そうさせたのは紛れもなく自分だろう。
「お母さん」
声をかけると一瞬ビクっとして、振り向いて笑顔を見せた。
「何?華夜」
取り繕っているけれど、何処か緊張しているような声。
どうしようもなく泣きたいような衝動に駆られる。
ほら、レン。
傷つけてばかりでしょう?
「……再婚とか、しないの?」
「え?」
母は心底驚いた顔をした。
「どうしたのよ急に」
「だってさ。お父さんが死んじゃってからもう17年も経つんだよ?そろそろそういうの考えてもさ」
否。
本当はきっともっと早く考えるべきだったのだ。
でも華夜が。自分がいたから。
「考えないわよ、そんなの」
母はきっぱりと言った。
「私はあの人に一生分の恋をしたの。あれ以上の恋なんて誰ともできないもの」
「でも」
母は花瓶を置き、華夜の近くの椅子に腰掛けた。
「……あの人が死んだとき、私も一緒に死にたかった……」
静かな声。
「世界中から全ての明かりが消えたようだった」
父が死んだのは結婚して半年も経たない頃だったという。
父を知る親戚たちは口を揃えて父のことを誉めそやす。
優しい人でした。穏やかな人でした。
貴女のお母さんを心から愛した人でしたと。
「自分が生きているのかどうかもわからなかった。なんで生きているのか知りたかった」
あの人はもういないのに。
「そんな、そんなときにね。華夜がお腹にいることを知ったの」
母は、笑っていた。
「嬉しかった」
かすかな痛みさえも愛しむように。
「あの人が生きた証を自分がこの世に残せることが。あの人と自分の子供が生まれてきてくれるかもしれないってことが」
ふふ、と母は心から、本当に嬉しそうに笑った。
「それからは華夜のことばかり考えてた。男の子かな、女の子かな。どんな子に育つかな。どんな子でも精一杯愛そうって決めてたわ」
母が華夜の手を握った。
「そうしてあの人を喪った痛みから救われることができたの。……華夜のおかげよ」
私は、ずっと。
生まれてきてはいけなかったのだと、そう思っていた。
「華夜?」
突然の娘の涙に母は慌てた。
「どうしたの?」
「……お母さん」
私が生まれてきたことで、あなたが少しでも救われてくれたのなら。
「手術、受けるよ……」
生まれてきてよかった。
これからも生きてみようかと、そう思えるから。
「今日も遅くなってごめんね。あんまりいてあげられなくて……」
そう言いながら花瓶の水を換える。
横顔はまた少しやつれたようで。そうさせたのは紛れもなく自分だろう。
「お母さん」
声をかけると一瞬ビクっとして、振り向いて笑顔を見せた。
「何?華夜」
取り繕っているけれど、何処か緊張しているような声。
どうしようもなく泣きたいような衝動に駆られる。
ほら、レン。
傷つけてばかりでしょう?
「……再婚とか、しないの?」
「え?」
母は心底驚いた顔をした。
「どうしたのよ急に」
「だってさ。お父さんが死んじゃってからもう17年も経つんだよ?そろそろそういうの考えてもさ」
否。
本当はきっともっと早く考えるべきだったのだ。
でも華夜が。自分がいたから。
「考えないわよ、そんなの」
母はきっぱりと言った。
「私はあの人に一生分の恋をしたの。あれ以上の恋なんて誰ともできないもの」
「でも」
母は花瓶を置き、華夜の近くの椅子に腰掛けた。
「……あの人が死んだとき、私も一緒に死にたかった……」
静かな声。
「世界中から全ての明かりが消えたようだった」
父が死んだのは結婚して半年も経たない頃だったという。
父を知る親戚たちは口を揃えて父のことを誉めそやす。
優しい人でした。穏やかな人でした。
貴女のお母さんを心から愛した人でしたと。
「自分が生きているのかどうかもわからなかった。なんで生きているのか知りたかった」
あの人はもういないのに。
「そんな、そんなときにね。華夜がお腹にいることを知ったの」
母は、笑っていた。
「嬉しかった」
かすかな痛みさえも愛しむように。
「あの人が生きた証を自分がこの世に残せることが。あの人と自分の子供が生まれてきてくれるかもしれないってことが」
ふふ、と母は心から、本当に嬉しそうに笑った。
「それからは華夜のことばかり考えてた。男の子かな、女の子かな。どんな子に育つかな。どんな子でも精一杯愛そうって決めてたわ」
母が華夜の手を握った。
「そうしてあの人を喪った痛みから救われることができたの。……華夜のおかげよ」
私は、ずっと。
生まれてきてはいけなかったのだと、そう思っていた。
「華夜?」
突然の娘の涙に母は慌てた。
「どうしたの?」
「……お母さん」
私が生まれてきたことで、あなたが少しでも救われてくれたのなら。
「手術、受けるよ……」
生まれてきてよかった。
これからも生きてみようかと、そう思えるから。