男の小さくて大きいアレ


小さくて大きい。


一体何の話か、というお話。

不妊治療に挑もうとする際に、自分の小さくて大きなものに悩まされました。


え?


あ、ちがいます。


たぶん、ソレじゃないです。(←?)


私は不妊治療に直面した際に、あれこれと言ってなかなか重い腰があがりませんでした。

妻からしたら腰が重い段階で「なに考えてんだ!」って話だったかとは思いますが💦


治療したからと妊娠に至るわけではない、女性は心身共に大変だ(そんな事はこの話が出ている段階で妻は覚悟しており、だからこそ妻の気持ちを逆撫でしてしまうのですが…)とか、お金も掛かるや、何の確証もなしに自然に出来るのではないか!?などなど。

それらは、それらで全くの嘘でもないのですが、本丸は別の所にあったと思います。


それは




生物としての男のプライド




だったと思います。


まだまだ不妊治療というものと、男性の間に溝はあるかと思いますが、それでも多くの男性は知ってはいるのです。


男性不妊の存在を。


たぶん。←ぉぃ


正確には、男性不妊というものがあることは知っているというくらいで、その詳細やその治療方法の有る無し等は知らないことが多いかなと思います。私はそうでした。


やっぱり知らないことは怖いのです。

ここで男性不妊と判定されるようなことがあると、もはや生物としての存在の全否定をされるような恐怖がありました。





まだ

何の検査すらしていないのに。





女性の皆様からすれば、女性も自身のさまざまな検査について全く同様で同等の恐怖を感じている、いたことと思います。だから、「そんなものは貴方だけではない!」と一刀両断したい気持ちかと思いますし、そのとおりです。


一緒に0から2人でその日に検査を同時に受けるのであれば、まさにそうなのだと思いますが、我家は、先に妻が検査をし妻に大きな問題がなかったことがわかっていました。

ベストな流れは、治療の前にお互いに真正面から話し合って一緒ないし同時期に検査を受けることとだった思いますが、そもそも腰が重いわけで、まさに自らが招いた状況です。

その前の話し合いについても知識不足から真剣さが足りなかったと思います。


全ての人類を男と女に二極化することは適当ではありませんが、男とは得てしてプライドの塊ではないかなと思います。それは、硬ければ硬いだけ、壊れる時は木っ端微塵になりやすいものです。柔らかい場合は文字通り柔軟ですが、物腰柔らかいからプライドもそうかと言えばそうでもないあたりがややこしい所です。


誤解のないようにしておきたいのですが、我が家は子供を望んでいましたので、私も当然、盛大に子供を望んでいました。


であれば、その希望や目的の前に、何と小さなプライドで、それらを天秤に掛けたらどちらが重いかはわかりそうなものだ、と妻は思っていたように今は思います。


しかし、これは同じ天秤に乗せるものではなく、乗せられなかったのです。まるで別次元の物事として私の心の中に並行して存在していました。

別次元のものだったので同じ次元で比較することが出来なかったのです。その時は。


私は、妻がそんなものは小さなプライドだとか、恐怖は貴方だけではないと一刀両断するとき、妻はそれを言い切るだけのことをしているのだと、もっと知らなければなりませんでした。

(妻はそんな言い方はしていませんが)


ただ、自分の生物の存在としてのプライドが崩れてしまうかも知れないという恐怖に足がすくんでいただけだったように思います。


まだ何の検査もしていないのに。

(大事なことなので2度言いました)


しかし、妻が私に説明をしてくれました。

妻からすれば、なんでこんな事知らないの、調べないの、本気じゃないの?と言った呆れ果てた気持ちだったかと思いますが、それでも妻は私との子を望んでくれて、諦めずに説明をしてくれました。感謝しかありません。


妻の話はよく考えれば当たり前のことなのですが、しかし改めて目の前に出されて落ち着いて考えると衝撃的でした。


つづく。