スキルアップで        ビジネスぶっちぎり! -3ページ目

スキルアップで        ビジネスぶっちぎり!

学びなくして、成功なし。
己を磨き上げることこそ、ビジネスで勝つ道なり。

仕事とプライベートは切り離せるのか?

私は、この問いに「NO」と言いたいのです。

「切り離せない」という回答なのですが、
“言いたい”と書いたように、
そうあった方が良いと思うだけで、
現実には切り離している人は多いと思います。

できる限り仕事を定時で終え、
家族との時間、趣味の時間を
大切にしている人たちです。

女性雑誌に登場しそうな理想的な人物に見えます。

ライフスタイルとしては、
“素敵な生き方”と表現できるのでしょうが、
“仕事人”としての充足感を得ているでしょうか。

生活を大切にするためには、やはりある程度は
仕事を犠牲にしなければならないのです。

心底仕事に打ち込むなら、四六時中、
仕事のことで頭がいっぱいになるはずです。

仕事で上を目指す。仕事で名を成す。

そう願っているなら、何をしていても、
仕事のことを考えているものです。

それほどがむしゃらであり、
考えていることが楽しくて仕方がないのです。

打ち込むとは、そういうものなのです。

「寝食を忘れる」という言葉がありますが、
それほど好きな仕事に出逢うことができれば、幸せです。

誰もが理想の仕事に就けるわけではありませんが、
現状に満足せず、夢に向かって努力を続けていれば、
必ず報われる時が来ます。

その努力を途中でやめたり、諦めたりした人が、
仕事とプライベートを
きっちりと分けるようになるのではないでしょうか。

批判を覚悟で言えば、仕事から逃げ出したのです。

松下幸之助、本田宗一郎、豊田喜一郎、
石橋正二郎、安藤百福……。

これらの人物に、
仕事と切り離したプライベートがあったでしょうか。

それこそ、“寝食を忘れて”
働いていたのではないでしょうか。

それが、仕事というものです。

プライベートを守るために働くのは、ただの労働。
時間の切り売りでしかありません。

仕事に熱くなれないのは淋しい、
と思うのは時代遅れなのでしょうか。

 

 


▼ブログランキングに参加しています。
 1クリックをお願いします。

にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業・独立(その他業種)へ
にほんブログ村

私は、出戻り転職の経験者です。

仕事内容に不満があったので、
勤めていた会社を退職しました。

その後、短期間ではありましたが、2社に勤めたものの、
やはり仕事内容に納得できず、辞めてしまいました。

しばらくブラブラしていると、元の会社から
「戻って来ないか」という誘いがありました。

どうやら、代わりの人材が見つからなかったようです。

しかし、ホイホイと戻るわけにはいきません。

一度辞めた会社に戻るのは、
勇気のいることでもありますから。

それに私は、仕事内容への不満で辞めたので、
同じことはやりたくありません。

そこで、会社に対し、復帰の条件を出しました。

生意気な若造だったと思いますが、
妥協をしたくないという思いがあったのです。
ダメで元々だとも思いました。

「○○の仕事はやらない」「給料は○○以上」。

かなり高慢な態度だったかもしれません。

しかし、会社は受け入れてくれました。

そこからの私は、全身全霊を傾けて、
仕事に打ち込みました。

自分を高く売り込んだからには、
それなりの成果を上げなければなりません。

できなければ、実に無様なこととなります。

私は、自分自身を追い込んだのです。

その結果、
なんとか会社の役に立てたのではないかと思っています。

わがままを受け入れてくれた会社への
恩返しでもあります。

デカい口を叩く限りは、
相応の実力を身につけなければなりません。

最近は、根拠のない自信で
デカい口を叩くやつもいますが、
それでは社会に受け入れてはもらえません。

特に転職という人生の大きなイベントでは、
自信のある大口を叩かなければならないのです。

実力もないのに、ハッタリだけで転職しようとしても、
すぐに見破られてしまいます。

その点、出戻り転職は実力を知られているので、
戻りやすいかもしれません。

しかし、仕事がないからと、
お情けで「戻っておいで」と言われたなら、
よく考えた方が良いでしょう。

仕事を選り好みしている社会情勢ではありませんが、
肩身が狭いうえに、
会社に足元を見られる可能性もあります。

ましてや、こちらからお願いして復帰するのは
やめた方が良いでしょう。

そんな嫌な思いをするくらいなら、
別の会社に泣きついた方がマシです。

根本的な話をすれば、転職以前に、
安易な退職はやめた方が良いと思います。

仕事が嫌だ。給料が安い。人間関係が難しい。

いろんな問題はあるでしょうが、
次の就職先を見つける自信がないのなら、
辞めずに現状を改善する努力をすべきです。

一時の感情に流されては、
結局は自分が損をすることになるのです。

まずは、自信をつけることです。
すなわち、実力をつけること。

そうすれば、転職も容易になるし、
自分を高く売り込むこともできます。

 

 


▼ブログランキングに参加しています。
 1クリックをお願いします。

にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業・独立(その他業種)へ
にほんブログ村

容姿と仕事の能力に相関関係はあるのか、ないのか。

どこかのIT社長は言いました。
「イケメンは30歳近くになると仕事で伸び悩みがち」。

多くの従業員を見てきた経験から発した言葉なので、
納得する部分もあります。

しかし、英国エセックス大学の研究によると、
「容姿が良い人ほど仕事で成功している」
という分析結果もあります。

対象者の卒業写真を元に、
容姿の良い人とそうでない人に分類し、
彼らの職歴や学歴、知能指数、
両親の社会的地位などの情報を元に分析したと言います。

この相反する結論をどう捉えるか。

私は、どちらも正解で、
どちらも間違いだと思っています。

容姿は、本人の能力に何らかの影響を与えていることは
事実ではないでしょうか。
それは、良い方向にも、悪い方向にも、です。

イケメンが容姿の良さでチヤホヤされると、
図に乗ってしまい、努力を怠る可能性は高いと言えます。

しかし、逆に容姿への自信が好循環をもたらし、
見ために見合った能力をつけようと
努力するようになる場合もあります。

また、容姿としてはイケてない人が、
自信をつけるために自分磨きをすることもあります。

逆に、イケてないことで自身を全否定してしまい、
気力を失う人もいます。

何れにしても、容姿が能力に影響を与えていることは、
否定できないのではないでしょうか。

容姿が良いか悪いかは、運命と言うしかありません。

イケてないことを恨んでみても、
どうすることもできません。

ありきたりな言葉ですが、
前向きに生きるしかないのです。

ならば、容姿以外で勝負すれば良いことです。

自身を磨き、能力を高め、
自信に満ち溢れた生き方をすれば良いのです。

人は、自信によって変われるもの。
生き生きと仕事をしている人は、輝いて見えます。
その容姿さえ、違って見えるようになってくるのです。

真剣な眼差し、明るい表情をしていれば、
容姿がイケてないなどという印象は、
消え失せてしまうものです。

どんなに“ブサイク”だった人でも、
可愛く、カッコ良く見えるようになるのです。

古くから「外見ではなく、中身を磨け」
と言われる所以です。

できるイケメンには色気がありますが、
イケてない人が頑張る姿は、
もっとカッコいいと思います。

 

 


▼ブログランキングに参加しています。
 1クリックをお願いします。

にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業・独立(その他業種)へ
にほんブログ村

デザインの印刷された市販の年賀状。
明らかにネットからダウンロードしたデザインのもの。

そんな年賀状をもらっても、
ぜんぜん嬉しくはありません。

おまけに、宛名もパソコンで印刷。
まったく心がこもっていません。

みんな面倒なのです。
ならば、やめれば良いのに、とは思いますが…。

そういう私も、面倒だ、やめたいと思いながら、
結局はそれなりに力を入れた年賀状を出しています。
それは、なぜか?

年賀状で私の“センス”をアピールしているからです。

イラストであったり、
立体造形を撮影したものだったり。

ここ十年ほどは、愛犬に干支の扮装をさせ、
写真にしています。

決して上手だとは言えませんが、
受け取った人たちからは、「面白いことをしている」
と評価されています。

そう、“面白いことをする人”という、
私のセンスを年賀状でアピールしているのです。

仕事の営業ではありませんが、
私という人間の存在を認知してもらうために
出し続けているのです。

作ることは楽しいので、何とか続いています。

多くの人が、面倒なことはやりたくなありません。
でも、年賀状は出さなければならない。

つまり、義理で出しているだけ。
だから、市販品やダウンロードになってしまうのです。

その面倒さがイヤで、“割り切った人たち”が、
正月のあいさつをメールで済ませるようになったのです。
それも時代です。

それを批判するつもりはありませんが、
年賀状という素晴らしい文化を
もっと活用すれば良いのではないでしょうか。
実にもったいない。

私がやっているように、
自分をアピールするチャンスなのです。

仕事のことでも、趣味のことでも、
自分のやっていることを
年賀状で知ってもらおうではありませんか。

凝る必要はありません。

趣味に没頭している自身の写真でも良いのです。
ブログの紹介文でも。
どんな表現方法でも構わないのです。

“ありきたり”を排除して、
自分らしさを素直に出せば良いのです。

それがキッカケで、
自分の可能性が広がるかもしれません。

注目されるかもしれません。
自分の気づかなかった才能を
誰かが見つけてくれるかもしれません。

どうせ出さなければならないのなら、
有意義に活用すべきです。

 

 


▼ブログランキングに参加しています。
 1クリックをお願いします。

にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業・独立(その他業種)へ
にほんブログ村

人間らしく生きたい。ゆとりのある生活がしたい。
そんな思いから、ダウンシフト(減速生活)
という考え方が生まれました。

がむしゃらに走り続けていると、
大切な何かを失い、忘れてしまう。

そこで、一旦走るのをやめて、
自分自身を見つめ直そうというものです。

本当に大切なものは、自分の生き方であり、家族であり、
時間であることに気づいた人たちが、
ダウンシフトを受け入れています。

これは、人間の生き方として正しいことであり、
あるべき姿ではないかと思います。

しかし、考え方が独り歩きしてはいないでしょうか。

日本人の習性は、小魚の群れと同じ。
先頭の魚が右を向くと、みんなが右を向きます。

ダウンシフトが広まると、
みんなが同じように行動します。

一生懸命に走り続けた人が
取り入れるべき考え方であるのに、
のらりくらりと大したこともしてこなかった人間までが、
「ゆっくり歩こうよ」と言い出してしまうのです。

日本中がゆっくりしてしまうと、経済は伸びません。
むしろ、後退してしまいます。

若い世代は、ゆっくりする必要などまったくないのです。
まだまだ、がむしゃらでなければいけないのです。

特にいまの若者は、
要領が良い分、がむしゃら感がありません。

どんなことも“ほどほど”にこなしますが、
ずば抜けた才能を見せることが少ないのです。

寝食を忘れて何かに打ち込むこともありません。

これを「時代遅れの考え方だ」で、
済ますことはできないのです。

ひとつのことに汗水垂らして頑張る人間が
たくさんいてこそ、経済は発展していくのです。

つまり、常に走っている人間が必要なのです。

なのに、次の世代は走りません。
自分のペースを守ろうとします。

たとえ100%の力を出していたとしても、
それでは現状維持にしかなりません。

120%頑張らなければ、成長しないのです。

そんな人たちに、
「ゆっくり歩こう」と言ってはいけないのです。
ただでさえ、頑張ろうとしない世代なのだから。

少なくとも、中高年になるまでは、
後ろを振り向かずに走り続けて欲しいものです。

歳を取れば、
イヤでも後ろを振り返る時がやって来るのです。

だから、いまは……。

 

 


▼ブログランキングに参加しています。
 1クリックをお願いします。

にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業・独立(その他業種)へ
にほんブログ村