投資家の攻勢を支えるコーポレートガバナンス・コード
トヨタ自動車の母体である豊田自動織機の非上場化計画が報じられました。
トヨタ自動車などが出資して特別目的会社(SPC)をつくり、金融機関からの数兆円の融資と合わせて6兆円ほどで株式公開買い付け(TOB)を実施する、豊田自動織機は買収を受け入れる方向であるとのことです[1]。
このニュースをコーポレートガバナンス・コードの視点で考えてみたいと思います。
豊田自動織機にとってトヨタ自動車は持ち株比率24.59%の筆頭株主[2]、トヨタ自動車にとっても豊田自動織機は8.85%の第2位の株主(第1位は日本マスタートラスト信託銀行、13.42%)[3]。豊田自動織機とトヨタ自動車は株式持ち合いの関係にあります。東証上場企業の規範であるコーポレートガバナンス・コードでは、政策保有株式は縮減の方向が推奨されています。実際、豊田自動織機に対して持ち合い解消の圧力もあったようです。5月7日の同社決算説明会で次の質疑応答がありました[4]。
「Q1.・・・トヨタグループ株式を含む政策保有株縮減やトヨタ自動車株式の取り扱いの考え方に変更はあるか。
A1.政策保有株式はしっかり検討して必要なものは保持するが、それ以外は売却を進め、成長に向けた新たな研究開発や投資に資金を振り分けていくことで企業価値を向上させていくという考え方に変化はない。トヨタ自動車株式は、歴史的背景もあり保有している。今後の成長投資などに有効に活用できる可能性があり、保有意義はあると考える」
豊田自動織機は、政策保有株式について「保有のねらいおよび保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか 等を毎年の取締役会で検証」[5]することを方針として打ち出しており、必要に応じて売却することでコーポレートガバナンス・コードをクリアすると判断しているようです。
これに対する東京証券取引所(東証)の評価はわかりませんが、企業ごとに株主と対話をしてほしい、というのが基本方針と思われます。
豊田自動織機に対する投資家の動きとして、6月10日の株主総会に向けてロンシャン・SICAV(代理人ダルトン・インベストメンツ)から4月9日に提出された3項目の株主提案を見てみましょう[6]。
①資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応に関する定款変更の件
②社外取締役の構成に関する定款変更の件
③譲渡制限付株式報酬制度に関する報酬額承認の件
①は、東証が2023年3月31日に上場会社に要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を根拠として、その精神を会社定款の項目として新設し、実践すべき対応を「1.株主・投資家の視点から資本コストを捉え、開示する」以下8項目を盛り込むものです。「資本コスト」は、コーポレートガバナンス・コードが2018年に改訂された際に、新たに現れたキーワードです(原則5-2)。
②は、取締役の過半数を社外取締役とする文言を定款に盛り込むものです。コーポレートガバナンス・コードの2021年改訂では「少なくとも3分の1以上」という規定の上に、過半数を独立社外取締役とする選択肢が推奨されており、こちらに沿ったものと考えられます。
③は、これまでの全取締役の年額報酬が現金7億円以内+株式2億円以内だったものを、これに加えて7億円以内の株式購入費用を業績連動型のインセンティブとして付与するものです。その理由としてダルトンは「日本の取締役会の最大の弱点が各取締役による株式保有の少なさ、それによる株主目線の欠如にあると考えます。・・・取締役に当社の企業価値の持続的向上を図る経済的インセンティブを持たせ、株主と利益を一体化することで企業価値向上の成果を株主とともに享受することが必要」と述べています。インセンティブは、コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-2①にある項目で、2018年改訂で、インセンティブの制度を取締役会が決定することが設けられました。
海外機関投資家からの提案に対して豊田自動織機はいずれも反対を表明しました。
このように見ると、コーポレートガバナンス・コードは、ダルトンをはじめとする機関投資家が上場企業を揺さぶるための典拠の役割を果たしているような印象さえ受けます。
非上場化を選択する上場企業の増加
さて非上場化の話題に戻ります。
トヨタグループにおいては、少し前から持ち合い株の縮減の動きが見られていました。トヨタ自動車は2023年度中間決算説明会で、政策株の縮減継続に加え、グループ株式の持ち合い見直しを明示しましたが、持ち合い株解消に向けた前向きなアクションとして、株式市場で注目を浴びました[7]。
しかし1年半後、豊田自動織機の非上場化という形で発表されたのです。
その背景についていくつかのサイトを見ると、上で紹介したような海外機関投資家からのさまざまな要求がある状況の中で、豊田自動織機として長期的な視点で経営に取り組みたいと考え非上場化にふみきったのではないか、という見方が多いです。また、トヨタグループとしては、豊田自動織機がトヨタ自動車ほかグループ有力会社の大株主となっていることから、グループの資本構造を安定させる目的があるのではないか、と推測されています。
コーポレートガバナンス分野で活躍している弁護士浅見隆行氏は、上場廃止を選択する企業が今後増えていくのではないかと予想しています。2つの投稿を紹介します。
まず2024年12月17日の投稿では、同年の東証の上場廃止企業は94社となり史上最多となった、という日経新聞の記事について、その背景を解説しています[8]。
ここ数年、アクティビストなどの機関投資家が、上場企業に対して要請・要望をする機会が増えてきた。また、証券取引所もコーポレートガバナンス・コードで上場企業に対して株主との対話を求めるなど、株主・投資家の視点での要求が出されている。
ところが上場企業側の役員の本音は、業績や配当、株価などを挙げなければいけないことは言われなくてもわかっている、しかし会社の抜本的な改革をしている時などはそれらが悪化することもある、会社のことを一番理解しているのは自分たちであるというもの。経営にとって上場のメリットよりも投資家・株主視点での要求に対応する負担のほうが大きいと判断して上場を廃止し、経営の自由度を求めることは理解できる。
概略以上のように述べたうえで、浅見氏は、今後もコーポレートガバナンス・コードによる制約や機関投資家などからの要請・要望は増えていくだろから、経営の自由度を求めて上場廃止を選択する企業は今後ますます増えるのではないか、と予測しています。
そういえば、セブン&アイホールディングスへの外資からの買収攻勢に対して、創業家による非上場化が計画されました(最終的に断念)[9]。大正製薬HD、ベネッセホールディングスでは、オーナー家・創業家主導の非上場化が実行されました[10]。
浅見氏の2025年5月1日の投稿は、豊田自動織機の報道に関連して、アクティビストの問題点を指摘し、非上場化という選択の妥当性を論じています[11]。
浅見氏は、アクティビストの傾向について、企業価値を継続的に上昇させていくことよりも、短期的な視点で株価上昇や配当増加を目的として、ESGへの積極的な取り組み、自社株買い、政策保有株式の解消を求めている、と断じました。
コードの目的は「持続的な成長と中長期的な企業価値」のはずだが・・・
アクティビストの短期的傾向に関する指摘は重要です。なぜなら、本来、コーポレートガバナンス・コードの目的は、会社の「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」にあるからです。
「本コードは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、これらが適切に実践されることは、それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる」[12]
コード制定時(2015年)の序文にも、その目的が詳しく記されていました。
「本コード(原案)では、会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止といった側面を過度に強調するのではなく、むしろ健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図ることに主眼を置いている」[13]
「本コード(原案)は、市場における短期主義的な投資行動の強まりを懸念する声が聞かれる中、中長期の投資を促す効果をもたらすことをも期待している。市場においてコーポレートガバナンスの改善を最も強く期待しているのは、通常、ガバナンスの改善が実を結ぶまで待つことができる中長期保有の株主であり、こうした株主は、市場の短期主義化が懸念される昨今においても、会社にとって重要なパートナーとなり得る存在である」[14]
コーポレートガバナンス・コードの本来の目的と反対のものに基づいて機関投資家が行動しているとしたら、そして2024年だけでなく今後も上場廃止を決断する企業が増えていくとしたら、コーポレートガバナンス・コードの存在意義はどこにあるのでしょうか。新たな取り組みが求められているかもしれません。
なお、豊田自動織機の非上場化に対して、ダルトンインベストメンツは「支持する」旨が報道されています[15]。一方、英ゼナーアセットマネジメントは、株主価値を過少に評価しており少数株主の利益を損なう恐れがある、と指摘しました[16]。アクティビストにとっては、株式の買い取り価格が問題となるのでしょう。
[1] 読売新聞サイトほか。 トヨタなど、豊田織機にTOB実施で調整…金融機関から数兆円融資も
[2] 豊田自動織機「第147回定時株主総会招集ご通知」 shoshutsuchi_147_202506_J.pdf
[3] トヨタ自動車「コーポレートガバナンス報告書」2024年6月25日 https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/library/corporate-governance/2024_corporate-governance_jp.pdf
[4] 豊田自動織機「2025年3月期決算 IR決算説明会 主な質疑」 2025_4Q_qasummary_J.pdf
[5] 豊田自動織機「第146期有価証券報告書」p.59 146_financial_report_J.pdf
[6] 豊田自動織機ニュースリリース「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」2025年4月25日など。20250425_document01.pdf
[7]「持ち合い株解消に向けて動き出したトヨタグループ各社 資本効率の改善を目指す取り組みに注目」三井住友DSアセットマネジメントのサイト、2023年12月8日。持ち合い株解消に向けて動き出したトヨタグループ各社 資本効率の改善を目指す取り組みに注目 | 三井住友DSアセットマネジメント
[8] アサミ経営法律事務所の投稿(2024年12月17日)。2024年に東証で上場廃止する企業が前年比33社増の94社に。上場廃止を積極的に選択した理由と、2025年以降も上場廃止する企業が増える可能性について。 – アサミ経営法律事務所
[9] NHKオンライン「セブン&アイHD 非上場化計画を断念 創業家側から連絡受け」2025年2月27日。セブン&アイHD 非上場化計画を断念 創業家側から連絡受け | NHK | 小売業
[10] アサミ経営法律事務所の投稿(2024年1月16日)。大正製薬HD、創業家によるMBOの一環としてTOBが成立し、上場廃止へ。PBR1倍割れの改善を求める東京証券取引所は正しいのか? – アサミ経営法律事務所
読売新聞「株価好調の裏で、市場を「退出」する企業が相次いでいるワケ」2024年2月21日。mboの事例とその狙い…ベネッセ・大正製薬・シダックスなどで相次ぐ背景、読売新聞経済部デスクが考察 : 読売新聞
[11] アサミ経営法律事務所の投稿(2025年5月1日)。豊田自動織機が株式非公開化を検討。アクティビストによる提案・要請が活発になることで、上場廃止による株式を非公開化する会社はより一層増加するのではないか。 – アサミ経営法律事務所
[12] コーポレートガバナンス・コード2021年改訂版。nlsgeu000005lnul.pdf
[13] 「コーポレートガバナンス・コード原案」序文 (コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議、2015年3月5日)。nlsgeu000005ltbt.pdf
[14] 前掲「コーポレートガバナンス・コード原案」序文。
[15] Min Jeong Lee「豊田織株主のダルトンは支持、トヨタ創業家による買収提案」(Bloomberg、2025年5月13日)。豊田織株主のダルトンは支持、トヨタ創業家による買収提案 - Bloomberg
[16] 横山桃花、佐野日出之「トヨタ創業家の豊田織買収案、少数株主にとって最善でない-英ゼナー」(Bloomberg、2025年5月21日)。ゼナー社は創業家による買収だと判断しているようです。トヨタ創業家の豊田織買収案、少数株主にとって最善でない-英ゼナー