私は1984年に東証1部上場のメーカーに就職し、2025年に退職するまで同じ企業グループに勤めました。企業広報の周辺を業務領域にしていたため、日本の企業のあり方には関心を持ってきましたが、2010年代後半から企業の姿が大きく変わりつつあることに気づかされるようになりました。

 

自分の職業人生を振り返ると2つの企業タイプを経験したことに思い至るとともに、その2つ目のタイプが終わりに向かっていることを感じています。

 

以下では、自分の経験を振り返りながら日本の企業タイプの変化を概観します。これは、日本人にとって幸せな会社のかたちとは何だろうか、という自分には大きすぎるテーマではあるが考えてみたい、その最初の一歩です。

 

入社した当時、「新入社員は何年か前までは自衛隊で研修してたんだよ」と言われたことを覚えています。その会社では長時間残業やパワハラはごく日常的にあり、そんな中で数字の達成を厳しく求められる、今でいうブラック企業寸前というか「そのものかも」という状態の職場でした。しかし職場の人間関係は良くも悪くも濃密で、また業務のノウハウを先輩から後輩へ伝授していくことが当たり前という別の面もありました。

 

日本経済は基本的に順調で、数年たつとバブルが始まりましたので企業の業績は絶頂を極めます。企業規模の拡大が想定されていましたので、入社後数年ほどすると、新入社員の確保が会社にとっての重要テーマとなり、その面では今と同じですが大変な売り手市場の採用マーケットでした。日本企業の競争力は高く、日本的経営が礼賛された時代です。

 

ところがその絶頂期がすぎると、自分が関わる顧客プロジェクトが中止になることが起きはじめ、やがて顧客や取引先(発注先)の倒産が話題に上るようになり、さらに顧客のリストラに対応して人材をいろいろな形で自分の会社に受け入れるなど、それまでとは様相が一変してしまいました。あとから整理してみれば、バブルが崩壊し(1990年前後)、不況が深刻化(1997年以降)、企業は人員・設備・負債の3つの過剰の解消に努め、日本経済はそれまでに経験したことのない深刻な状況に陥ります。

 

こんな状況を打開するため、政府が主導したのが株主指向の企業改革でした。その形は、会社法制、企業会計制度の変革として現れます。高度成長期の会社制度は、1990年代後半から2000年代前半までの時期に再編されました。思いつくままに挙げると、持ち株会社の解禁、連結決算の優先、資産の時価評価、自社株による買収、人材派遣制度、など漏れがあるかもしれませんが個人の記憶の中でもたくさんの変化がありました。株主至上主義経営が始まったのです。株主至上主義のベースとして、経済思想は新自由主義が主流を占めるようになり、高度経済成長期をリードしたケインズ主義は時代遅れとみなされるようになりました。

 

この時期の職場での顕著な変化を思いだすままに記すると、年上の部下にとまどったこと、プロジェクトの人員構成に派遣社員が絡むようになったこと、さまざまな異業種企業が当社グループに入ったこと、対面研修が激減したこと、などでしょうか。

 

以上、冒頭で「2つの企業タイプ」と書きましたが、日本的経営から株主至上主義経営への変化を、身をもって体験したことを書きました。

 

ところが前述のように2010年代後半から、新たな変化が起きはじめたことに気がつきました。そのきっかけは、顧客企業が発行する基本的な広報ツールにありました。

 

株主に向けて発行する営業報告書・株主総会招集通知・アニュアルレポートなどは、それまで経営環境―施策―業績という経営成績に関するテーマが大部分を占めていました。それがいつしか環境報告書、CSR報告書など、非財務的な発行物を並行して出すようになり、やがて両者を合わせた「統合報告書」が一般的になってきます。これは財務的内容と非財務的内容が対等に扱われており、財務・非財務両方のパフォーマンスを通じて自社の社会的使命の達成度合いを明らかにするという構成になっているものが多いように思います。

 

これまでの業績重視の株主報告を見慣れた私にとって、環境保全、社会貢献、人材育成などを一生懸命語る統合報告書は不思議なIRツールに見え、何が起こっているんだろうという疑問がわいてきたのです。

 

そして折をみて調べていくと、それが政府主導のものであること、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードなどのソフトローの形で金融庁と東京証券取引所グループが推進していることを知ります。こういった政府の施策は、日本の株価上昇を目的としたもの[1]ですが、これらコードの中に環境保全・社会貢献・ガバナンスを大切にする企業に投資するESG投資の要請が含まれており、さらには2015年に国連で採択されたSDGsなども盛り込んで非財務的価値を重視する編集方針として現れていることもわかりました。

 

非財務価値にスポットを当てるこの編集方針は、大きくは株主至上主義経営の変容、またはそれに代わる潮流の登場、いわば脱・株主至上主義の新しい流れの現れと見ることができるかもしれません。

 

その象徴的な出来事として、株主至上主義経営の生誕地というべきアメリカ合衆国で、2019年8月、ビジネスラウンドテーブルという有力企業の経営者による団体が、これまでの「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言しました[2]。この話はコーポレートガバナンス領域では良く知られたものですが、株主以外の幅広い利害関係者に貢献ないし配慮するという意味でステークホルダー資本主義と呼ばれることもあります。

 

また、これとは別に地政学的理由から、国家が貿易や技術移転などの対外経済活動を制限する動きも近年著しく、日本でも海外と関係する職場では日常的に接するルールになっていることと思います。さらにトランプ政権では、関税や許認可権限によって他国や企業の経済活動に介入する動きを見せており、米国版の国家資本主義の出現として警戒されています。

 

こうして、日本的経営から株主至上主義経営への変化に続いて、株主至上主義に代わる次のかたちを現在の日本(と世界)の企業や関係者は模索しているのではないかと考えるに至りました。そこで、今後、次のテーマについて検討していきたいと考えています。

 

・ステークホルダー資本主義の背景

・株主至上主義とコーポレートガバナンス・コード

・原点としての日本的経営

 


[1] 次の当ブログなどを参照。コーポレートガバナンスで株主資本主義に突き進む日本 (1)日本企業が変貌している | igirisusochanのブログ

[2] 米経済界「株主第一主義」見直し 従業員配慮を宣言 - 日本経済新聞