コーポレートガバナンス・コードで変わった株式市場

今年の5月、「コーポレートガバナンスで株主資本主義に突き進む日本」というテーマで8回の記事を投稿しました。そこでは、Webを中心とする公開情報をもとにコーポレートガバナンス・コードの目的・経緯・問題点などについて検討し、次のような点が明らかになりました。

 

①コーポレートガバナンス・コードの目的は、主に海外の投資家を日本に引き付けるために株価上昇の投資環境を整備することである

 

②政府(金融庁)と東証(日本取引所グループ)が過去10年間にわたって持続的に推進してきた

 

③2015年のコード導入後も、フォローアップ会議を設けて企業における実施状況を検証し、問題点を摘出、それを受けて改訂が繰り返され、そのたびにコードはより強制的になり、投資家を満足させる性格を強めた

 

④具体的には、株主の利益を第一に考える仕組み(資本コストの重視、インセンティブの強化)をつくり、株主支配を妨げる行動(持ち合い株式、買収防衛策)を制約し、経営組織の改革(社外取締役の増加、諮問委員会による経営陣の監督強化など)を進めた

 

⑤これに対して近年の上場企業の中には、アクティビストなどに振り回されることを恐れてか上場廃止を選択するケースも増えている

 

特に③に関連してコードの文面を読むと、実に詳細に「~すべきである」という文言が多数規定されており、企業側としては繰り返しこれまでの経営のあり方を責められているようで、あまり気持ちのいいものではなかったのでは、と推測してしまいます。

 

コーポレートガバナンス・コードによる改革を政府が先頭に立って推進したおかげか、アベノミクスの円安効果を背景に、この10年で株価は爆上がりしました。内外の機関投資家は万々歳、加えてNISA導入で投資を始めた個人投資家の大衆的支持も受けていることでしょう。

 

株高の恩恵という視点に立てばコーポレートガバナンス・コードにケチをつける余地は今のところないのですが、一方で企業が株主第一主義に変容したこともまた事実です。5月の投稿では豊田自動織機の非上場化という個別事例について、コーポレートガバナンス改革が影響を与えている可能性を書きました。全体的傾向として、自社株買いが急増していることがこのところ注目されています。藤代宏一「打たれ強い日本株 衝撃的な22兆円の自社株買い」[1]によると、2025年4月段階での直近12カ月の自社株買いの設定額は累積21.6兆円の巨額に上りました。

出所:藤代宏一「打たれ強い日本株 衝撃的な22兆円の自社株買い」(第一生命経済研究所ホームページ)

 

同論文のグラフを見ると2015年まではおおむね5兆円以下、2016~2024年はほぼ5兆円から10兆円の範囲で2024~2025年に急増しましたが、ここ10年間ほどは傾向的に拡大していることがわかります。自社株買いは、会社が稼いだ利益を設備投資や従業員への配分に回さずに、自社株の価格上昇のために使うわけですから、株主至上主義そのものの経営行動と言えるでしょう。

 

会社の取締役会に占める独立社外取締役の人数は、コーポレートガバナンス・コードの推進者が重視してきた指標ですが、その状況はどうでしょうか。日本取締役協会「上場企業のコーポレートガバナンス調査」[2]によれば、2025年8月時点で、独立社外取締役が過半数を占める会社が26.4%となっています(棒グラフの一番上、青の部分)。従業員出身でない取締役が過半数を占める会社がすでにこれだけ増えていることは予想外でした。また独立社外取締役が3分の1以上という条件であれば、ほぼすべての会社が適合しています。日本企業の実体が、この10年のコーポレートガバナンス・コードの推進によって、かなり変化したことが見てとれます。

 

出所:日本取締役協会「上場企業のコーポレートガバナンス調査」

 

株高の代償は何か

こうして日本政府が進めた株主至上主義ないし株主重視主義によって、日本の株式市場は高い株価を手に入れた一方、その代償として、日本の株式会社は急速に変質しました。それが生んだマイナスの影響として、上場を回避するような企業の動きについて先の投稿で紹介しましたが、広く社会にとってはどうでしょうか。

 

それが最も身近なところに現れているのが、最近話題になることが多い日本の労働者の実質賃金の伸びです。河野龍太郎『日本経済の死角』によれば、1998年から日本の時間当たりの実質賃金はまったく伸びていません。名目賃金は伸びていますが、物価上昇がそれを上回っているのです。

出所:日本経済「収奪的社会」を脱する道【日経モープラFT】。河野龍太郎『日本経済の死角』2025年、24頁にも同趣旨の図を掲載

 

賃金が増えない理由として、一般的には「日本の労働者の生産性が低いからだ」という説明がされること多いですが、河野氏の議論を追うと、それは必ずしも正しくないことがわかります。河野氏のデータを見ると、日本の時間当たりの生産性は1998年以来、十分に伸びており、その伸び率はドイツやフランスを上回っている、ということがわかります。にもかかわらず、日本の実質賃金の伸びはドイツやフランスよりも低いのです。

 

出所:日本経済「収奪的社会」を脱する道【日経モープラFT】。河野龍太郎『日本経済の死角』2025年、27頁にも同趣旨の図を掲載

 

出所:日本経済「収奪的社会」を脱する道【日経モープラFT】。河野龍太郎『日本経済の死角』2025年、27頁にも同趣旨の図を掲載

 

日本のほうが生産性は伸びているのに実質賃金は他国に比べて抑えられているわけです。この話は私にとっては目からウロコでしたし、友人に話してもすぐには信じてもらえないのですが、上の3つのグラフを見れば一目瞭然です[3]

 

こう見てくると、日本の企業の多くはここ10年間で稼ぐ力を高め、稼いだ成果を使って株価を上げて投資家に報いてきたが、生産性向上に努めてきた従業員に対しては、成果を分配してこなかった、ということが言えそうです。「日経モープラFT」の言葉を借りれば「収奪的」と表現できるかもしれません。また、実質賃金が増えなければ国民経済における民間の消費需要も増えません。

 

このような状況に関連して、ベンチャーキャピタリストとして米国を中心に多くの企業を育てた原丈二氏は、株主重視の現行の法令を変えなければいけないと経営者向け講演会[4]で発言しています。

 

「現在、非常に残念なことに、会社は上場しない方がいいです。アクティビストだとか・・・こういうとんでもない人たちが大株主になって襲ってきますから。言ってみれば皆さんが船の船長で、そこを襲うサメみたいなもんです」(1時間0分46秒あたり)

 

「日本の会社法は、昔はですね、株主還元っていうのは、利益があったら税金を払って余ったものの中から配当を払う。[このように]株主還元もやってもいいが、いったん余ったものを資本に組み入れると、それはもう株主分配できないっていうルールだったんです。これを[2006年施行の会社法で]できるように変えちゃったんですね。日本のアメリカ型の株主資本主義を勉強した東京大学法学部の連中とかですね。それが日本の会社法精神の中のリーダーになってますから」(1時間2分43秒あたり)

 

「去年の自社株買いの合計額は17兆円です。これを自社株買いをやった会社の社員の数で割ると、一人あたまの給料は年収で優に1,000万円増えます。それぐらい、株主に分配しなければいけないようなムードになっている。・・・一切やらない経営者もたまにはいますよ。でも相当胆力がないと難しいですよね。東京証券取引所からも金融庁からも文句を言われるし、アクティビストには襲われるし。大変な目にあうわけですから。・・・無理しなくても、みんなが断れるようにするためには、法律でこれはできませんと言えばいいんですよ」(1時間3分51秒あたり)

 

「日本の国民の利益を本当に追求するような政治家が誰なのかを皆さん見抜いて、皆さん方が選挙区におられる国会議員の人たちに、[どうすれば]国民一人ひとりが豊かで健康になってゆとりある生活ができることにつながるかということを問いただし、それに基づくような法案をつくってほしいと・・・要望して、そのような流れをつくれば日本を一歩一歩変えていくことができる」(1時間5分8秒あたり)

 

原氏は4月3日の投稿「フジテレビ問題に関する原丈二氏の発言」で紹介したように、「公益資本主義」を唱えてアメリカや日本の株主資本主義を批判する言論を展開しています。上の講演では、自らの信念を述べ、さらに行動として下のような2点について政府への働きかけを行っていることを紹介し、経営者に対して支持を呼びかけたものです。

 

・大株主である信託口の所有者が実際に誰なのかが分かるようにすること

・剰余金を使った配当を禁止すること

 

前回の投稿で、株主至上主義への反発が米国で広がったため、米国の経済界はサステナビリティ資本主義に看板をかけ替えたことを紹介しました。ところが日本では、株主重視の施策がまだ不十分だとして、手を緩めずに進めようとする動きが金融庁などに見られます[5]。世界の流れに逆行しているのではないでしょうか。2024年~2025年の国勢選挙等で、税や社会保障の負担軽減を求める民意が示された中、これまでと同じ政策を進めることが日本の社会にとってよいのかどうか注視していきたいと思います。

 


[1] 打たれ強い日本株 衝撃的な22 兆円の自社株買い | 藤代 宏一 | 第一生命経済研究所

[2] 上場企業のコーポレートガバナンス調査

[3] 労働生産性の比較のグラフについて注意が必要なのは、ドルベースで比較したときに日本の生産性がドイツやフランスを上回っているという意味ではないことです。あくまで1998年を基準とした伸び率について、日本が上回っている、ということです。そして実質賃金を見ると、ドイツやフランスの10~25%程度伸びていますが、日本は上のグラフの通りほぼ100%以下です。つまり日本のほうが生産性は伸びているのに実質賃金は他国に比べて抑えられている、ということになります。

また、生産性については時間当たりの数値で見ていることに留意した方が良いかもしれません。年間のデータにすると日本人の労働時間が減っていることが影響を与える可能性があります。

[4] 福岡の一般社団法人、日本的経営研究会が主催した「第14回グローバル・経営者フォーラムin九州」(2025年2月6日~7日)。聴衆は九州の経営者。YouTubeでは、World Healthcare Game Changers Forumのチャンネルに掲載。

https://www.youtube.com/watch?v=hB-4HYQ0SDY&t=3969s

[5][5] 金融庁長官、企業は「稼ぐ力」向上を-不確実性の時代に改革促す(Bloomberg) - Yahoo!ニュース

伊藤豊金融庁長官は、11月5日に開かれたブルームバーグ主催の講演会で「この10年で日本のコーポレートガバナンス(企業統治、CG)は大きく変化したと述べた。一方で、「形式さえ整えていればいい」という意識が企業の中に残っているとし、「改革の手を緩めてはいけない」と強調した」。