沖縄県の離島、宮古島市にある市民球場です。かつてはオリックス球団がブルーウェイブ時代から近鉄バファローズとの合併後も春季キャンプ地として使用し、イチローのブレーク直後、阪神大震災後のパ・リーグ連覇の時期と合致するため、野球ファンにはなじみのある野球場だと思います。球場正面には1996年の日本一を称える記念碑と当時の監督で2005年に亡くなられた仰木彬さんの顕彰碑が建立されています。当時のキャンプレポートでは休日に仰木さんが泡盛の古酒に舌鼓を打つなんてのがお決まりでしたね。お酒好きの仰木さんには申し分ないキャンプ地だったかも(笑)
ちなみに2005年の仰木監督ご逝去の際には球場名を「仰木球場」にすることも検討されましたが、実現には至らなかったそうです。(余談ですがその後仰木監督の故郷の福岡県の中間市営球場が2017年4月に「中間仰木彬記念球場」という愛称になりました。さらに余談ですが、仰木監督とお酒と野球場のエピソードで島根県安来市の「あらえっさスタジアム」のお話も面白いです。お時間あればご一読を)
さて話が脱線しましたが、球場設備は両翼97.6m、中堅122mの広さのフィールドにサブグラウンドを備え、電光掲示のスコアボードを有しています。
観客席もバックネット裏からダグアウトあたりまでベンチシートを備えたスタンドを有しており、収容能力も3,000人と市民球場としては立派なものです。
1992年に開場し、翌1993年からブルーウェイブ、バファローズのキャンプ地として使用されてきましたが、一・二軍合同でキャンプを行うには手狭で、二軍は島内の別の球場での分離キャンプを強いられたことや設備の老朽化も進んだことから、2015年のキャンプから一軍キャンプを宮崎市の清武総合運動公園に移転、清武に第2球場も完成したことから2016年からは二軍も清武でキャンプを行うこととなり宮古島からは完全撤退となりました。
現在では社会人や大学などのアマチュア野球のキャンプ地としての使用が多いようですが、仰木監督やイチローといった球史に名を残す人物の足跡が残る野球場だと思います。
【所在地】沖縄県宮古島市平良字西中曽根1574-1
【球場データ】両翼:97.6m 中堅:122m 内野:土 外野:天然芝 スコアボード:電光掲示板 照明:なし 収容能力:3,000人
【アクセス】宮古空港から車で約10分










