更新が停まってしまった。梅雨は大嫌いな6月生まれです。おととい酔って友達の家のベランダから落ちました。2階からだったので外傷と打撲で済んだ、森のクッションに感謝!
文明塾で日本IBM最高顧問の北城恪太郎さんがいらっしゃいました。人生において目指したい、人格者とはこのようにあるべきというロールモデルを見ました。今からやりたいことは教育と若者のイノベーションの支援とのこと。やっぱり悪いことはやってはいけないという当たり前のこと、権力には責任が伴うこと。そこにその人の正義感が現れる。正義とは資源の公正な配分である、という言葉に深く共感しました。非営利組織こそイノベーションが必要だということ。イノベーションというと技術革新とあるように技術的な強みがないと競争優位性を持てないと言った印象を受けるが、医療や教育や行政などの非営利組織においてもイノベーションは可能であること、その言葉にすごく勇気付けられた。「イノベーションと企業家精神(PFドラッカー)」
そんな話を聞いていて思った。世の中には二つの仕事があるなと、性善説な職業と性悪説な職業と。医者は性善説だ。悪い病原菌を倒す、怪我の症状を抑える、そうやって悪いものを取り除けば生得の治療力によって自然と治るという考え方だからだ。人間の体の仕組みはホントうまくできている。逆に例えば法律家や警察は性悪説だ、人はほっておいたら駄目だから管理しなくてはという発想、マネンジメントというものはいかに制度的に管理して成果を上げていくか、そこが大事。そうやって世の中の仕事を性善(マイナスを取り除けば自然とプラスになるという発想)か性悪(プラスを実現するためには人為的にプラスを増やしマイナスを減らす仕組みを作っていくという発想)か分類してみると面白いかも知れない。
というと性善説のほうがいい風に聞こえるけど、実は逆かも知れない(ぼくだけかもしれないけど)。性善説は人を見るときに「減点方式」なのだ。というのは、最初は100点(性善説だから最初は満点)が与えられていて、付き合っていくうちに嫌ことや不快なことがあるとそれに応じて減点されていく(性善説だから悪いことをやるのは悪意があるからだという発想)、で合格点の50点を切ったところでゲームオーバー、一切関わりたくなくなることがある。それは極めて論理的な計算なのだけれど他人から見ると気分で動いているに見えると思う。逆に性悪説は「加点方式」ではないだろうか、最初は0点(悪いことをやるのは当然)で、よいことをやればやるほどどんどん評価される。組織をマネンジメントするときにはとても重要なことだと思う。どっちがいいというのはないと思うけど、社会においては、自分の評価は性悪説、他人の評価は性善説だと心構えた方がいいのかも知れない。日頃の付き合いとしては逆かも知れないけど。誰か共感してくれると嬉しいです。
インターンのほうでは、ウェブ事業に本格的に取り組むこととなった。インターネットやITは今まで興味があってちょっと詳しいつもりだったけど、趣味プラスアルファ程度の知識や技術では全く使い物にならないことを痛感した。今まで3か月ほどインターンを続けていて思ったことは、自分は経営のプロではないし、ITのプロでもない、マーケティングや法務や労務は全く無知だし、かといって医学知識や医療技術は一般人に毛が生えた程度でほとんど変わりない。つまり決定的な武器がないのだ。このままじゃちょっと他の学生よりイベント経験のあるだけの好奇心旺盛なただの学生で終わってしまう。競争優位性のある強み(=プロフェッショナル)がないと闘うことができない。それにはすごく当たり前だけど、知識と技術とそれを裏付ける経験を積み重ねること以外に何か近道があるわけではないことに今更ながら実際に気が付いた。医療とウェブ、まずはこの領域でイノべーティヴな成果を出すこと。北城さんの言葉を信じて頑張ってみよう!では!