ヤマト運輸は売上では日本郵政の次で、利益では佐川グループHGの次と一位になる業績は一つもありません。




しかしシェアでは一位、箱物の国内の配達エリアは最も広く、個人が荷物を送るとしたらで最初に名前が出てくる企業です。



シェア一位で稼げない、儲からないというのは経営問題があるように感じられるでしょう。


実はそういうわけではないのです。




ヤマト運輸が企業間配送から個人向け配送へと業務を大幅に変えたのは、取引先の百貨店に全てを抑えられていて、料金や時間とあらゆる制限が厳しいのに経営は苦しいという、今でも中小企業ではよくある状態に陥っていたからでした。


このままではジリジリと削られて倒産だったことから、残り資産をフルに使って百貨店との取引を止めたりして、個人向け配送をしました。


このときの社長は創業者とは異なりますが、実質ヤマト運輸の創業者というべき小倉昌男氏です。



彼は当時の個人向け配達は郵便局がシェア100%で官僚的、かつ荷物の紛失や破損が多かったりとサービス品質が悪質だったことも問題とし、あらゆることで日本郵政や監督官庁と闘いました。


サービス開始時にはまだ関東だけだったのですが、すでに翌日配達を掲げていました。


荷物のサイズは監督官庁が決めていて、日本郵政と同じでしたが、料金は均一で500円と日本郵政よりも安くしました。



当時の荷物のサイズは2種類しかなく、今で言う120と160のサイズで小さいサイズがなかったから新サイズを申請したら、日本郵政が小さいのは利幅が少なくて採算とれないっていうからだめと監督官庁が反対。


その為、ヤマト運輸は新聞広告にて新サービス始めたいけど、監督官庁が許してくれなくて延期しますごめんなさいを掲載したら、バズって本当の世論の力によって今の60や80サイズに相当するのが誕生しました。



本州全域で翌日配達を約束しながらエリア拡大しようとしたときも、日本郵政が出来ないのに翌日配達出来るわけがないとか、東京-名古屋と、東京-福岡が距離違うのに同じ料金はおかしいだろ、と全てのやり方にNoを突き出されながら、最終的には全て認可させていっています。


ヤマト運輸は当初から離島料金を徴収していません。


昔は離島は+1000円の離島料金がかかっていました。


離島へ進出しようとしていたヤマト運輸は値下げすることで荷物量が増えて増収になるから、値下げしても今以上の利益になると船会社を説得して、コストダウン策等を提案したりして離島料金を+500円まで値下げする形で説得しました。


半額って凄いですよね。


ドヤ顔で担当者が社長に報告に言ったら、離島だからって追加料金取るんじゃねえ!!と一喝され、社長によって追加料金取るのを禁止にされました。


なので、日本で唯一離島料金を徴収していません。



昔の日本郵政はハガキや封筒等は離島にも配達していて、カバー率は日本一でしたが、小包となると離島へ配達していませんでした。


そこへヤマト運輸が進出し、じゃあ代わりに離島ではヤマト運輸が配達しますよ、と委託計画を実施。


この結果、小包系では日本一のカバー率となります。


他社はヤマト運輸に委託することでヤマト運輸と同じカバー率になっていたりします。




日本郵政が民営化するときに、民営化したら利益出すために地方の郵便局は軒並み潰れると騒がれました。


というか、野党議員の発言だけをマスコミが大きく取り上げた形ですね。


でもこのときすでにヤマト運輸は日本一のカバー率。


更に言うと、ヤマト運輸の発送できる場所は郵便局(簡易含む)の店舗数以上です。


それなのにヤマト運輸は黒字でした。



当初から営業所への持込割引をしていたヤマト運輸は、持込割引利用率削減による売上アップと、お客さんの手間削減の為に、街の酒屋さんや果物農家等でヤマト運輸の荷物を発送出来るようにしていきました。



昔からのお店は農家にヤマト運輸ののぼりや看板がありますよね。


あれによってヤマト運輸はドライバーの集荷件数の伸びを抑えられ、更には荷物を持ってきた人が酒屋でついで買いしたりだとか、農家では持ち帰らなくていいから、よりたくさん果物を買ってくれるようになりました。



特に旬の時期の果物農家の中には農協に半分、ヤマト運輸に半分頼むみたいなのもいて、こうなると運ぶ手間もヤマト運輸が請け負ってくれるから、収穫量をガンガン増やせることになります。




ヤマト運輸は上場前から上場後も薄利経営を掲げており、その分をサービス向上や働き方改革に金を注ぎ込んでいったりします。


利益重視で言えば、佐川のように郊外にでかい営業所を少数設置したほうがいいです。


しかしこれだと荷物を持ってくるお客さんには不便です。


コンビニ等集荷する店舗数も膨大で配達エリアまでの移動も無駄です。


その為、非常に多くの営業所があり、自分が千葉に住んでいたときの市は統合前ではありますが、5つありました。



カバー率の話に戻りますが、都会の中でもヤマト運輸が委託されています。


それは超高層ビルやショッピングモールの中の配達です。


イオンモールではイオンモールがテナントへの配達をしていたりしますが、ららぽーとだと店内をヤマト運輸の人がゆうパックや佐川の荷物を運びます。


東京の超高層ビルだとその一棟担当のドライバーがいて、その人が佐川や日本郵政の荷物もビル内の配達を一挙に引き受けていたりします。


担当者は送り先を見ただけで、就業時間や土日にいるかどうかもわかるくらい精通しています。




様々な日本初をやってきたヤマト運輸が一気に知れ渡ったのはウォークスルー方式のトラックではないでしょうか。




配達ドライバーの使いやすさに特化したこの車両は海外ではすでにあったのですが、日本ではヤマト運輸が取り入れ、なぜか他社は未だに取り入れません。

運転席から助手席や後部荷室へ車内で移動できるので、駐車→荷室で荷物を取る→助手席から安全に降車、ということができます。


まぁコストがかなりかかるようで、ヤマト運輸でも生産中止しましたが、それでもEVタイプや低床車等、複数のタイプがあります。

これを開発したときの問題は当時のトラック会社が製造を反対したことです。

まだ一部地域特化型の運送会社のフルオーダーメイド。

形からしてそれまでの生産とは全く異なることもあって、作ってもらえませんでした。

そんな中OKしてくれたのがトヨタです。

しかもこれが結果的に良かった。

トヨタは昔から大衆車を作っていました。

日野やISUZUのようのトラック会社は大きなトラックがメインでした。

その為、街中を巡回するように走り回るトラックは苦手で、トヨタのときは問題にならなかった不具合がありました。

よく見るトラックを作って貰ったら、トラック会社のトラックはブレーキ故障が頻発。

というのも、街中を走るヤマト運輸のトラックはこれまでのトラックのような中長距離配送ではなく、短距離配送なので、低速でブレーキを多用します。

問題なかったトヨタですら、これほどブレーキを多用されたことがなかったから、ヤマト運輸で酷使されたことがブレーキ開発に貢献していたりします。



スキー宅急便やゴルフ宅急便、日時指定に冷凍便とヤマト運輸が業界初のサービスはかなり多くあります。

特に昔は定温配送しかなく、小売への配送トラックの冷凍品ですら一部は冷蔵で送られていた時代に冷凍の取り扱いを始めています。

当初はトラックに積めるのがすごい少なくて、冷凍便は加算料金が発生しているのに採算悪いという有り様でした。

ヤマト運輸では冷凍庫の拡充を行っていましたが、結果として繁忙期には営業所の冷凍庫のキャパを超えてしまい、冷凍品を冷蔵保存などして解凍されて届けてしまうという大問題が発生しました。

これにより、営業所もトラックも一気に設備投資され、大問題による損失よりも大幅なコストをかけて冷凍品対応をしました。

今では他2社よりも冷凍品にはデリケートになりました。

ちなみにこの冷凍の配送ですが、当時は存在していなかったから、設備投資に見合う需要はあるの?ってなりました。

日本郵政でも検討されたことはあるそうなのですが、コストや効率性から非現実的とまで言われたサービスです。

ヤマト運輸でも当初は+1000円という高額じゃないと採算取れないと算出されましたが、インフラ整備されれば需要は一気に増える。

そうしたら採算取れるから、もっと下げろと言われて、半額以下にまで下げてスタートしました。

結果としては金がないのに設備投資しないといけないくらいにまで需要は増え、冷凍品の配送は同業他社もやるくらいの規模にまで増えましたね。

このクール宅急便は元を取るだけでも四年もかかったのですが、これによって昔縁を切った百貨店から日本郵政からヤマト運輸にすべて一本化するから、冷凍品うちからも配送して〜となりました。

今でもお歳暮とかの時期になると、百貨店では専用の受付スペースが出来ますが、発送はどこもヤマト運輸です。



ちなみにハードさでは佐川と二分することで有名ですが、ヤマト運輸は結構昔から働き方改革をしています。

なんたって会社が前年比で30%増える計画で、40%を想定した人員募集をかけたら、前年比100%超えの業績になってしまうほどヤマト運輸はアゲアゲハードモードでした。

子供の寝顔しか見れないという従業員のクレームは社長にまで届くし、改善したり人員増やしても取り扱い量は増えていく。

当初のドライバーは毎月固定残業代で50時間分支払われていました。

なので、効率よく働いて50時間下回ればオトクなわけです。

会社側も労組と一体となって、残業代減らさないけど残業が50時間にならないようにするように各営業所を厳しくチェックしていました。

でもアゲアゲ状態でそれが難しく、ハードモードなので離職率も高かったようです。

そりゃあ毎日最低でも2時間は残業しているのです。

単純計算で40~42時間残業が最低ライン。

当時はバリバリ働く時代でしたが、これが最低ラインで、繁忙期には毎日12時間労働も普通だったようです。


そこで一部地域ですが、導入したのが早朝配達です。

団地の人に募集をかけて、朝にその団地にだけ配達してもらう主婦とかを雇ったのです。

ドライバーは団地まで荷物を運んできて、台車等に建物毎に振り分け、パートの人達が建物毎に配達する

これまでドライバーが三人必要だった団地にドライバー一人で済み、しかもそのドライバーは他への配達に行ける。

ドライバーは午前の配達が終わったら団地に立ち寄って不在荷物を回収していくというわけです。

なぜ全国展開しなかったのかはわかりませんが、これが元で今の大都市の台車で運ぶドライバーが誕生しています。

こちらは大都市の中に営業所があり、そこから出発していますし、団地に住む人ではなくドライバーと同じヤマトスタッフですが、車の免許不要なので、採用しやすいのが特徴です。



街でよく見かけるのはヤマト運輸のトラックか郵便のバイクではないでしょうか。

バイクで配達している人達は実に効率的で、バイクの乗り降りからカゴから郵便物を取り出す動きも非常に滑らかで、単純ではありますが技術があります。

ヤマト運輸のトラックで配達している人達も技術があります。

バックで駐車するときはドアを開けて後方確認したりだとか扉を開けてから荷物を取る流れも滑らかで、同じような技術です。

また路駐しているトラックを見てもらえるとわかりますが、みんなハンドルを左に切って止めています。

これは追突されたさいにトラックが左の縁石にぶつかって前進をさせないようにできることで、輪止めと共に使われている安全策です。

輪止めしているのは他のトラックでもありますが、最も頻繁に路駐するヤマト運輸だけがハンドルを左に切って止めており、万が一追突されたときにも被害を拡大させない技術があります。


次はヤマト運輸の空調服なんかが登場したりして。