子どもの頃、

この言葉が言えなかった。



夜、
酔った父が帰宅し、

母と激しい
言い争いをしていた。



小さかった私は

「また始まったか」と、

いつものように
布団にうずくまっていた。



父の声は
やがて怒鳴り声になり、

母はヒステリーを起こして、
包丁を持ち出す。


私は今でも
刃物と大きな音が嫌いだ。


母の震えた
わめき声が聞こえる。



私はそれを、

母の突発的なノイローゼが

またいつものように
出ただけだと、

幼心にも
冷静に判断していた。


けれど、その一方で、

「何かの拍子に、お母さんが
本当にお父さんを刺してしまうのではないか。」

その恐怖でビクビクしていた。

とても怖った。


「苦しいから俺を刺してくれよ!」

「俺が寝てる間にころしてくれよ!」


父の怒鳴り声が聞こえる。


わたしは、怖くて
どうすることもできなくて、

声を出すこともできず、

布団をぎゅうっと握りしめていた。


**


父が家を飛び出し

玄関の「バタン!」という
冷たい金属音が聞こえると、

私の、この恐怖はおわる。


けれど、
その恐怖が終わると、


その次には、

残された母の
泣き崩れるわめき声と、

ヒステリックな独り言が、
延々と待っている。



わたしは
それはそれで嫌だったけど、


この母の
ヒステリックなわめき声は、

布団をもっと深くまで被って 

聞かなかったことにすれば
過ぎ去るのだから、


父が居る時の、あの、

「おそろしい事が起きてしまうんじゃないか」

という不安に比べたら、

取るに足らない出来事だった。



***


「けんかしないで!やめて!!」

「わたし、いい子になるから、やめて!」

「けんかするのやめて!!」


そう、言おう。

今日こそ、言おう。



何度も私は
そう思うのだけれど、


夜になって、
実際に

あの母の喚き声と
父の怒鳴り声が始まると、


私は、また、
声が出せなくなるのだった。




**************


 

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子供たちの夏休みも、
もう、終わり。


あー。(^o^;)

毎日、騒がしかった。


ギャーギャーと、
子供たちは

些細なことで
姉妹喧嘩ばかりして。


「こらっ!!!
やめなさいっ!!

けんかしないのっ!!

仲良く!
なかよくっ!!

けんかしないでっ!!!」



わたしは、
何度も叫んだ。



あのころ言えなかった

「けんかしないで!やめて!!」を、

わたしは、
何度も、何度も言った。



**


心屋式が本当なら、


わたしは、いま、
子供たちを使って

もう一度
同じ体験をすることで、


「けんかしないで!やめて!!」

という思いを

成仏させようとしていることになる。



きっと、
そうなんだろう。


きっと、
その繰り返しなんだろう。



******



あの頃、

布団を握りしめるだけで、

声が出せなかった自分。


「けんかしないで!」って
言えなかった自分。

「やめて!」って
言えなかった自分。



・・・・・・・・



・・・・情けねぇなぁ!



何、黙ってるんだよ!!!


ちゃんと言えよ!!!

「やめて!」って言えよ!!!!


「子供の前でケンカすんな!」って言えよ!!!

「私に怖い思いさせるな!」って怒れよ!!


なんで言えないんだよ!

何だまって
寝たふりしてんだよ!


この意気地なしが!!!!!


布団を蹴り飛ばして、
包丁取り上げろよ!!!!

「やめろ!」って言えよ!!!


何、黙ってるんだよ!!!
この弱虫が!!!!




・・・・・・



・・・・



・・・・




でも。


あの時は、

声が出せなかった。

言えなかったんだよね。


怖かったもんなぁ。


小さな私にとって、

すごく怖いことだった。


たいせつな
お父さんとお母さんが

どうにかなってしまいそうで、
こわかった。


そして、わたしは、

何も言えなかった自分を

たくさん、たくさん、
責めた。


ずっと後悔していた。



しかたが、なかったんだ。

こわかった。

とっても、怖かったもんな。

小さな私には、
どうすることもできなかった。



だから。


もし、今、

目の前の人つかって

あのころの自分の想いを
成仏させようとしているのだとしても、

それで、ヨシにしよう。


もう、これ以上、

私がわたしを責める必要はない。


それで、いい。



こどもたちよ、

もう少しだけ。

ギャーギャーと、

仲良く喧嘩をしておくれ。



もうすこしだけ、

「ケンカしないで!やめて!!」

をいわせておくれ。


 

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おわり。