夕方、郵便が届いた。

クレジットカード会社からだった。

『今月分、指定口座から
 引き落としできなかったので、
 至急、振り込め』

という内容の
督促状だった。


……………やばい……………

また、やってしまった。


わたしは、
独身時代に使っていた
A銀行の通帳が、

クレジットカードの
引き落とし口座になっている。


普段、
旦那の給料など
やりくりしているのは、
別の、B銀行の通帳。


だから、
クレジットカードを使ったら、

その分、
BからAの通帳に
お金を移動しておかなくちゃいけない。


けれど、
毎月、そんなふうに
移動するのは面倒なので、

先を見越して
ある程度
Aの通帳に、お金を入れてある。


けど、
それが、うっかり底をつくと、

こうして引き落としできずに、
督促状が、来る。


わたし、
夕方届いた督促状を見て、
血の気が引いた。


やばい!!
今日、金曜日じゃん!

銀行終わっちゃってる。


夕ご飯の時間が迫っていた。


銀行の窓口の営業時間も
終了していたけど、

私はあわてて
車を走らせて、

B銀行に行き、
ATMで
お金を引き出すと、

コンビニで督促状の支払いをして、

さらに
A銀行に行って、
A口座に
ある程度のお金を入金してきた。


やばい。。。。


この間、正味40分。
震えが止まらなかった。

今もドキドキしている。


引き落としできなかったのは、

人生で
通算4回目くらい。


………やばい。


社会的信用がなくなった。


たぶん、この先、
ローンとか、組めない。
……のか??
組むつもりもないけど。


心臓がバクバクした。
得体の知れない恐怖に襲われた。


カード破産が怖いのでは、無い。

この先ローンが組めなくなるのが
怖いのでも無い。


別の口座には、
多くはないけど、
生活できる程度の貯金はある。


なのに、もやもやとした、
不安に襲われる。


…………………


子どものころ。

団地の集合郵便受けに
督促状が届く。

家に取り立て人が来る。

居留守をつかう。


電話には出ないように、
母から言われている。

たまに、うっかり出てしまう。
怖い思いをする。

そのうち、電話も止まる。

 

夜、わたしが一人で
留守番のときに、

怖い人が来たら、
どうしよう。


母は、宗教の集会で、居ない。


電気はつけるなと言われている。


こうなったら、
この生活がしばらく続く。

わたしは、どうなってしまうのだろう。

とても怖かった。

祖母の家に逃げることもあった。


もし、怖い人が追いかけて来たとしても、
きっと子どもの私は
許されるだろう。


祖母の親戚の家に
引き取られるのだろうか?


ばぁばは、先に死ぬから、

お父さんとお母さんが
どこかに連れて行かれたら、
わたしは、
一人で生きていくことになるんだな。


………


そんなことを、
たびたび考えた。

いつ、突然
家を出ることになってもいいように、

シールや
きれいな石などの宝物を、
お菓子の箱にまとめていた。


とても不安だった。 


わたしは、
集合郵便受けに届く

あの督促状が、

その恐怖の始まりの合図だと、

幼心にも
知っていた。


だから、

ある時、

「この手紙さえ来なければいい」
と思いついて、


集合郵便受けに、
難しい、赤い漢字で書かれた
手紙が届くと、


私は、

慌てて、

近くのドブ川や、
団地の側溝や、
公園の茂みに、

その手紙を捨てていた。


ある時、

母と父が、

「集合郵便受けの郵便物が
 誰かに見られているのではないか。
 団地の側溝に督促状が落ちていた。」

と、話しているのを聞いて、

「ああ、これは
 やってはいけないことなんだ。」

と、気づいて止めた。


…………………



私のように、

何かの理由で

クレジットカードの引き落としが
できなかった人なんて、

何万人と居るだろう。


そんなことは、わかっている。


自分のミスであることも、
知っている。

どんな理由であれ、

それが社会的信用を失う行為であることも、
知っている。

だから、慌てて振り込んだ。
反省している。


けれど、
得体の知れない恐怖が

黒い影になって、
近づいてくる。


あの頃、

おんぼろの団地で
一人留守番をしながら、

電気をつけられず、

真っ暗な部屋で
こたつの中にもぐって、

こたつの赤い灯りの中、

ただただ恐怖に耐えながら

一人自慰をしていた。

癖になっていた。


あのときの
みじめで、恥ずかしい、

子どもの頃の自分。


思い出して
胸が締め付けられる。


「おかえり。怖かったね。」


そう言いたいけど、

追ってくる
得体の知れない黒い影が

あまりにも怖くて、


わたしは、まだ、
あの頃の小さな自分を

かくまってやれずにいる。