USコロンビアのMS7173で、いわゆる2eyesのグレーのラベルのかなり後期のやつ、グールドのスクリャービンとプロコフィエフのソナタ、USリリースは1969年で、録音は67~68年とのことですけど、このあたりだと正直国内盤ソニーの方が音が良かったりします。でも、US盤ならではの香気みたいなものがあって、多少のプレスの雑さがあっても、安定した国内盤の良質なプレスでは得られないような味わいがあり、あらためて両方聴いてみましたが、こっちかな、と。なぜか国内盤だと楽しくない。ドイツ盤持ってないので、そっちを聴いてから評価しろという意見もあるかもしれません。私の手元にあるこの写真のやつは下にこんなやつが貼ってあるおなじみのプロモ盤です。あえて探したら売ってないかもしれません。
バッハ以外のグールドのレコードの中ではかなり重要なものではないでしょうか。ベートーヴェンやモーツァルトは賛否あるかと思うのですが、これ、特にA面のスクリャービンはかなり特異な演奏をしてますけど、有無を言わせないところがある。特に終楽章の遅いテンポで走り出す粘着質な感じは、初めて聴いた時は衝撃を受けましたが、今では何となくこれが普通な気がしてます。スクリャービンの3番のソナタは、若い頃に特に好きであれこれ聴きましたけど、グールドの演奏は19世紀末の後期ロマン派的な音楽であるべきはずなものを、突き放した距離感で演奏しつつ、熟れて腐敗する直前の匂いもさせていて、スクリャービンがこの後に進む道も何となく示唆しているような気がするのです。この時期までのスクリャービンの音楽をショパンからの影響が、とか言ってると、そのあとなぜ変貌していくのかが、個人的には必ずしもピンとこなかったのですが、彼の神秘主義的なものを理解しなくても、純音楽的に体感したように思ったのは、ひょっとしたらこのあたりかな、なんて。ソフロニツキーとかは、むしろそれから聴いてもいいんじゃないかと思ったりもします。
B面はプロコフィエフの7番、ロックしか聴かない人とかは出会うべき一番有名なやつですね。これは逆にこうしか弾けないのではと思ったりもしますけど、結構グールドにあっているのではないかと。プロコフィエフの他のソナタももっと録音して欲しかったようにも思います。オン・ザ・レコードだかオフ・ザ・レコードだかで言ってましたけど、将来的にはこういうような近代の旋律を皆が口ずさむようになるのか、という、そういうのがプロコフィエフにはあると思うのですが、私は大分昔からこの7番の冒頭のメロディなんかが日常生活で頭の中で流れてきたりします。プロコフィエフはもっと包括的に聴かなければと思ってからずっとサボってますけど、曲としてはA面のスクリャービン以上に古典と言って良いものですから、ホントだったら誰もが休みの日に掃除をしながら口ずさむべき曲だと言いたいところ。でも戦争中の曲なんですけどね。
