石見銀山~大森代官所跡~ | 歴史と文化と和の心♪

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こんばんは‼

本日は史跡巡りレポ石見銀山編ラスト・大森代官所跡参りたいと思います。

これまで大森地区を歩いてまいりましたが、この地区は近世以降の町でして、2代銀山奉行・竹村道清が代官所を山吹城のあった要害山の麓から現在地に移転し、銀山地区と区別することで政治・経済の町に発展させようとしたところから始まるといいます。

その結果、代官所に関係する建物を除き、明確な町割りがなされなかったがために、先にもご紹介したとおり、武家屋敷と町屋が混在している特徴を持ちます。

 

そしてこの地区の中心となるのが、「大森代官所(国史跡)」。

関ケ原の合戦の後、江戸幕府がこの地を「天領」としてから、代々の代官が銀山の管理・運営を行った場所になります。

ここで代官を務めた人の数は59人にも及ぶそうですね‼

銀山側のすぐ向かいにある大森代官所(目の前にバス停があるのでアクセス良好です)は、白壁の代官所表門と門長屋が目をひきますが、この2つは文化12(1815)年に建てられたものだといいます。

門長屋の漆喰壁と格子の対比がまた美しいですね‼

表門と門長屋を後ろからみた写真になります。

この門長屋には門番詰所や仮牢などが今でも残っております。

・・・銀を勝手に持ち出そうとする人はここにお縄になるわけd(違)

さらにこの表門をくぐると、石見銀山資料館があります。

この資料館は明治35(1902)年に建造された旧邇摩郡役所を利用したもので、鉱山資料や奉行代官資料、町方資料が展示されており、鉱山展示室もありましたね‼(持ち出すと・・・以下略)

世界遺産登録に関する解説もここで見ることができます。

今回は一つ先のバス停である「大森」から町を歩いてまいりましたが、ここ「大森代官所跡」から巡っていくというコースもありだと思います。

 

時間の都合上資料館を最後に回してしまいましたが、ここで初めに銀山について勉強してから大森地区や龍源寺間歩へ向かうのも、より一層理解が深まるかと。

 

また今回は行けませんでしたが、ちょっと離れたところに「石見銀山世界遺産センター」という資料館もあります。

2007年の世界文化遺産登録では「石見銀山とその文化的景観」という名称で登録されましたが、これはめちゃくちゃ広範囲でして、その部分部分を公開している形となります。

一か所代表的な場所を見て、「何だ、これだけ?」ではなく、遺跡を追ってゆくことで、そこに秘められた「ストーリー」を繋いでいくタイプの遺産だと思います。

これは、昨年世界遺産登録された「明治日本の産業革命遺産群」でも同様の事が言えるかと。

 

視覚的なのも大事ですが、

「ここで何が起こったのか」

「この場所がどう歴史を動かしたのか」

と、自分なりにストーリーを築き上げるのも、旅の醍醐味かもしれませんね!

 

 

故に、この石見銀山は1日じゃ見切れません。

いつかまた、リベンジしたいなと思います。