置き時計、掛け時計、柱時計、鳩時計、振り子時計、電波時計、デシタル時計。
ここに記しきれない時計たちが、祖父の家で、毎日、毎分、毎秒。
時を刻んでる。
私が祖父の家に引っ越してきた時には、もう、時計たちは祖父の家の住人だった。
快く受け入れてくれる時計がほとんどだったけど、柱時計さんは、なかなかの頑固者で。
新入りの私に祖父が構いっきりだったのが気に入らなかったのか、
時間を教えてくれなかったり、何度も教えてくれたり、大変だった。
でも、その度祖父は、油をさして上げたり、ネジを巻いてあげたり。
いつもは口を一の字に結んでいるのに、その時は、ちょっと嬉しそうだった。
時計たちは、すごくお喋りで、12時なら12時を一斉に知らせてくれればいいのに、
15秒ずつ間隔をあけて、1人ずつ順番に、自分の歌声を部屋に響かていた。
時計の数が多い分、しばらく鳴り続けるから、慣れてない人は、
騒がしく感じるかもしれないなぁ。
私は、歌声を聴いているの、嫌いじゃなかったけどね。
でも、祖父は、物静かな人で、賑やかなのもあまり得意じゃなかったから、凄く、不思議だった。
それを、ある日、母に尋ねたら、小さく笑って
「寂しがり屋だからね。」って。
最初は意味が分からなかったけど、今は、分かる。
ちょっと、怖かった祖父。
このお正月に帰ったら、随分、涙もろくなっていて、
なんだか感慨深かった。
寂しいのに、寂しいって言えない人。
辛いのに、辛いって言えない人。
嬉しいのに、嬉しいって言えない人。
誤解されるかもしれない、遠回りするかもしれない。
でも、私は、そういう人好きだなぁ。