夕暮の下北沢

中国人によるYou Tubeの記事に、現在の中国語の70%を日本の漢語がしめている、とありました。

発達した国の文化の周辺国への影響は、想像以上に大きいのですね。

似たような史実が日本の古代にもあります。

当時の日本の民は他者との連絡に、縄の縛り方や木片に傷を施す方法を使っていました(中国の史書にあります)。

意思を伝える為の縄のいろんな結び目、木片に刻まれた傷、それらこそ、文字の始まりです。

しかし、大陸から漢字がもたらされ、その独自の文化は、綺麗さっぱり打ち捨てられました。

仮に、それらが受け継がれ発展したとすれば、現在の文字文化はどのようになっていたでしょう。

そんなことを想像し、少々残念に思う俺なのでした。🥬✨

陰日向抜くる力車や古都の冬 をさむ

草加市葛西用水の菖蒲