当時私は20代だったから、ずいぶん昔のことです。

私は都内のアパートから、父が遺してくれた郊外の家に移りました(買い換えてしまったので、すでにその家はありません)。

そして家具を揃えたり、庭に草花を植えたりして、新たな生活の模様を、形付けていきました。

そんなある日、近所の花屋に睡蓮の株が売られていました。

その前の年、近所の庭で見たその花が大変美しかったので、即座に買って帰りました。

さっそく庭の真ん中に穴を掘り、ごみ入れ用の大きなポリバケツを挿し込んで、水を注ぎ、それを生けました。

睡蓮はすくすくと伸びて、薄桃色の花をつけました。

あるとき水槽になにか生き物を遊ばせてみたくなって、近所の用水路からトノサマガエルを捕らえてきて、そこへ放しました。

居心地は悪くなかったらしく、蛙は水槽を出たり入ったりして暮し、ときおり鳴いて、風流を楽しませてくれました。

地域にはまだ自然が残っていて、小鳥やトカゲなどの小動物が度々我が家を訪れました。

また前庭にモグラが住みついていて、あちこちに小山が造られました。それは土中に豊富な餌がある、ということなのでしょう。

ある日ガラス越しに庭を眺めていたら、土中から大きなミミズが出て来ました。おそらくそんなミミズがモグラの餌だったのでしょう。

ミミズの長さは20センチ以上もあり、太さは大人の指ほどもありました。

くねくねと歩くミミズに目を奪われていたら、突然蛙が水槽から飛び出してきて、そんなミミズをくわえ、呑みはじめました。

両者は大きさに2倍以上の開きがあります。蛙はそんな大きなミミズをどうやって呑み込むのでしょう。

私は我を忘れて、その光景に見入っていました。

蛙は途中で作業を休みました。口にはまだミミズの半身が垂れて、うごいています。

私は喉にミミズが詰まって、蛙の呼吸が止まってしまうのではないかと、心配しました。

数秒の間を置いて、蛙は再びあごを上げ下げして、ミミズを呑み始め、まもなくその作業の全てを了らせました。

蛙の腹は大きく膨らんでいました。それにしてもあの大きなミミズの体は、その腹の何処に消えていったのでしょう。

食事を了えた蛙は、睡蓮の花咲く水槽の中へ、戻っていきました。




舗装路に立つ面影の野菊かな     (をさむ)