初日の投稿からずっと、沢山の方々に閲覧していただき、嬉しく思います、ありがとう。

忙しくなってしまったので、少しの間お休みさせていただきますが、次回の記事にもお付き合いいただければ、ありがたく思います。

台風が去れば、残暑となるでしょう。皆さん夏バテに注意して、健康的にお過ごし下さい。

さて、昭和のある夏の日のことです。プロダクションから或る地方の仕事がまわってきました。

提示されたギャランティーが低いので、断わろうかと思いましたが、マネージャーから最後に聞いた言葉に触手が動きました。

海水浴場のそばだというのです。ちょうど暑い盛りだったのでOKを入れました。

さっそく注文にあわせて小編成のバンドをつくり、現地へと旅立ちました。

現場は海沿いの小さな町にある、数十人のホステスが働くナイトクラブでした。

そのクラブがタレントを呼んで、数日替わりのショーを催すことを、決めたのです。
そしてその伴奏をさせるために、我々を呼んだのでした。

バンドが主役になる仕事ではありませんが、スタッフのみんなが良さそうな人達
だったので、三ヶ月の契約期間楽しく過ごせることを、予感しました。

私とバンドメンバーは昼に起きて、寄宿舎の直ぐそばにある海岸へ行きます。

そこには昨夜約束した若いホステス達が我々バンドメンバーを待っています。

夜はステージが終わると、そのホステス達がアルバイトをしているバブに行きます。

そしてその店は我々が仕事をしているクラブの姉妹店であったから、飲み代をとりません。

そんな毎日はメンバーにとっては幸せでしょうが、私には満足出来ないことがあり
ました。

私は我々が仕事をしているそのクラブの、あるホステスを意識していたのです。

彼女の潤んだ目、優しげな声、しゃんと背筋ののびた姿態、それをふんわりと包む
白い肌。

そんな彼女に接するたびに惹かれ、やがて切ない恋心を抱いてしまったのです。

彼女には内縁の夫、というよりヒモががついていました。

東京から流れて来たらしいその男は、地元の暴力団に入り、未成年の彼女を働かせて、遊んでいました。

女を利用するだけあって、容姿は整っていて、不良にしては人当たりの柔らかい男
でした。

私は彼女を誘おうとを決めました。しかしすぐに不安にかられました。

彼女の抱く私の印象が、どんなものであるかを知らないのです。私など相手にされないかもしれないのです。

そこで私は策を講じました。私は昔フルバンドの専属歌手をしていましたが、一時
的にその歌手活動を復活させたのです。そして夜毎フロアーにいる彼女に向けて、
恋の歌を唱いました。

やがて彼女はその歌が彼女のためのものであることに気付き、歌が流れるたびに、嬉しそうな表情をみせました、こちらへは眼差しを向けずに。

そんなある晩、意を決して彼女をデートに誘いました。

彼女は迷っていました。私は勝手に待ち合わせの場所と時間を告げて、早々にその場を去りました。

翌日約束の場所で彼女を待ちました。

やがて彼女がやって来ました。

二人は急いでそこを立ち去らなければいけません。彼女を知るその筋の人間に、二人きりでいるところを見られたら、厄介なことになります。

私は直ぐにタクシーを拾いました。

一瞬ドライバーになんと告げようか迷いました。ラブホテルというとなんだか彼女の気分を損ねそうです。

そこで「モーテルへ行って下さい」と云いました。

それを聞いた彼女が「モーテル」と語尾を上げて発しました。どういう意味だったのかは解りません。

タクシーは海沿いの道から山陰の細い道に入り、やがて小さなモーテルに到着しま
した。

部屋に入るやいなや私たちは抱き合い、唇を重ねました。

二人はずっと無意識の内にこのときを待っていたのです。

柔らかくて張りのある彼女の唇が、私の唇を刺激しました。

やがて黙って立っている彼女の衣服のすべてが、私の手によって取り去られました。

全裸の彼女を前にして、私は思わず言いました「綺麗な体だね」。彼女は「ううん」と応えました。そんなことはないという意味だったのでしょう。

二人は肌を寄せ、野獣のように求め合い、激しく交わり、果てました。

しかしその後彼女と二人だけで会うことはありませんでした。

彼女はそれを一度きりのことと決めていたようです。私も彼女への気持ちを断ち切り、その後は他の女性と交遊しました。

やがて秋、契約期間の最後の日になりました。

通路の窓から夕べの涼しい海風が吹き込んでくるステージの袖に、彼女を呼んで引き寄せ、別れの唇を重ねました。

やはり素敵な唇でした。今でも私の唇は、その感触を記憶しています。




ほうたるはふうはり星へ逃れけり をさむ