思えば何年も、我が街に蜻蛉を見ていません。長い間訪れていませんが、郊外のこの街よりさらに都心に近い、実家の街にも、当然生息していないでしょう。

しかし少時、実家の近辺にはシオカラトンボ、ムギワラトンボ、クロトンボそしてアカトンボなど、いろんな蜻蛉がいました。

飛翔する蜻蛉を正面から網で一気にすくったり、細葉の先に止まったイトトンボをそっと指でつまんだり、そんな思い出が胸に刻まれています。

ただしそこにオニヤンマはいませんでした。

オニヤンマは一般の蜻蛉の倍ほどの大きさがあります。

あるとき、近所の遊び仲間が、得意そうに、素手で掴んだそれを見せました。彼の田舎で捕ってきたらしい。

私はその長い翅、大きな目、そして太い胴体に目を奪われました。それは図鑑で初めて恐竜を見たときの、感動にも似ています。

それから数年過ぎたある日、再びそんなヤンマに遭遇するのです。

実家の前の道路を北から滑るようにやってきたものは、大きな蜻蛉、そうそれはたしかにオニヤンマなのです。

ヤンマは私の鼻の先1メートルぐらいのところを抜けて、あっという間に、南の荒川の堤の風景に消えてゆきました。

そのあとおそらく、スーと堤をのぼり、ふわりと青空に浮かんで、遠くの生息地へと帰っていったことででしょう。

そこは蓮の花咲く大きな沼なのか、それとも緑のじゅうたんを敷きつめた田園なのか、南の空を見ながら、そんな思いをめぐらせて、半ズボンとランニングシャツの少年の私が、佇んでいたのでした。




取り逃がすやんまは大き眼を見せぬ     (をさむ)