親子の関係はなかなか難しい問題だ。
子からすれば、親は年をとって頭が固くなっていく上、自分のことすら思うようにならないくせに、いつまでたっても「親」面し、頑固さが増していくので、困った存在で腹が立つもんである。一方年取ったとはいえ親からすれば、親のいうことがなんで聞けんのか!ってイライラするようなのだ。互いに「怒り」の状況となって解決できず相手の非難にエネルギーを使うようになる。年を取ったら先ずは自己判断が鈍るのでひとの意見に耳をなお一層傾けるべきである。高齢者は頑固が多い。病棟で、家族関係が崩れているパターンは先ずは頑固で怒っているといってよい。逆に親子関係がうまくいっているケースは親が笑顔でややボーとして、うんうんと頷き、ニコニコしている。できれば人生最期を迎えるなら後者が良いんじゃないかな。そうなりたい。できれば周りの皆に好かれて旅立ちたいって思う人は多いはず。
一方、子の側が関係性を良好に保つ秘訣は怒りの感情の中にある一次感情に着目することだろう。怒りは対人関係においてなんらかの感情が起こることで二次的に引き起こされるから、自分に沸き起こった怒りの中を見てみると、以外にたわいもないこともあり、それ以上「火に油」とならないですむことも実は多いので、関係性の修復ができることもあるのだ。
親子の関係は難しい。だからこそ双方客観的に自分達を見つめる余裕がいるね!
信念対立については多くの方が理論や対処を語っている。どれもなるほど、さすがだなぁと思う。私ががん患者や家族、遺族の方、医療者を対象に始めた「がん催眠療法」が、大きく違う点は2つある。一つは根本的な、解決すべき問題は相手の問題であること、二つ目はほとんど全ての心理技法が顕在意識下で応対するが、がん催眠療法は潜在意識下で行うということにある。というのも、感情は対人関係において、切り離せない要因であるがゆえ、むしろ感情を大きく利用した方が賢明であるため感情を支配する潜在意識にこころのベースを置く方が問題解決が早いためだ。たた、ある程度、勉強と修練が必要になる。
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名古屋掖斉会(http://iedatherapy.jp/hp)
患者さんが治療決定に悩む時に医者看護師がイライラすることがある。こんなに考えてあげて良い提案をしているのに・・、と。こんなとき医療者はイライラからある種の怒りに変わるから要注意!
患者さんはあなたと違う自律した存在で、置かれた状況だってもちろん違う。こんなこと言うと、わかっとるわぁ!って、火に油を注ぎそう。ここで大事なこと!感情は理性と少し離れて応対することを。だからこそ時間のずれもあって患者さんの時間と感情のズレは医療者の時間と感情のズレを広げ、更には医療者の時間と感情のズレが今度は患者さんの時間と感情のズレを増幅させて互いの怒りの感情に
発展させてしまう。気を付けて学ぶことは、1あなたと別の人格であることの確認と了解、2感情は信念や思考、行動と関連していること、3感情は時間がずれて発生し、止めないと炎上すること、4感情は顕在意識下にある理性とは違い潜在意識下でコントロールされているということ。これらを認識した上で、見てみよう。このやろう!と、ムッとした場合、怒りという感情が沸き起こるが、それはあなたの中にある「こうあるべき」という信念にカチンと刺激が入り感情に火をつけ言動として言わせている。こういう場合の対処は泥沼になる前に対人関係をもう一度振り替えり、問題はあなたの問題ではなく対人が抱えている問題なのだ!ってことを。自分の信念や感情に中心点を持ってくると失敗する。相手なのだ。相手の問題なのだ。たから、視点を替えたすぐに相手をリスペクトし、共感を起こし、相手の立場で考え、相手が行うことを協力していくというプロセスに持ち込むことが、解決に繋がるのである。一度こうした場面になったら試してみると良い。ただし自己と他の区別が難しくなってしまった対人関係、例えは夫婦、親子ではこの対処では対応できず違うアプローチが必要になるので、要注意。
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千代の国という力士がいる。今年の番付で十両に返り咲いた、三重出身の力士で、ローカルテレビではファンも多い。彼はデビューから快進撃したが、怪我が多く数年低迷。頑張って返り咲いたのだ!だから相当苦労した。やめちゃおうって、何度もくじけたみたい。彼がこんなこと言っていた。『努力するものは希望を語り、怠けるものは不満をたらす』と。彼は決して怠けてはいないだろうが普通に努力しても這い上がれない世界。並大抵の努力ではなかったろう!良いこという。ますます応援したい。
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日本スピリチュアルケア研修会での仲間が名古屋市芸術創造センターでCLOWNのショーをやります。サーカス芸からダンス、コメディーなどあっておもしろいですよ。是非見に来てください。
お子様がお見えの方は喜ぶと思います!

日時:2月5日(金19時~)6日(土11時~、15時~)7日(日11時~、15時~)です
場所:名古屋市芸術創造センター(東区葵1-3-27)
チケット:前売り、予約あり(添付見てくださいね)

宜しくお願い致します!


今年は本当に春のようないい天気です。寝たきりの母の介護が終わって外に出ると正月気分が味わえました。世の中在宅介護している人は多いと思いますが本当に大変ですね。最初ヨタヨタしながらも父が母の面倒看てきてくれて援助する程度でしたが父が亡くなってから寝たきりになって弱っていく母は心身ともに負担が増してきます。動けなくなって7年、なんとか正月を迎えることが出来て一安心でき良かったのですが、一方でいつまで続くのかという不安、仕事や家庭によるしわ寄せを考えると複雑な気持ちになってきます。 厚労省は医療→在宅療養に推し進めていますが、確かに自分がその立場になれば住み慣れた家がやっぱりいい。でも介護の立場になるとちょっと違ってしまう・・。わかっているようで、なかなか難しい問題。しかしこんなに爽やかな正月の天気見ているといろいろ苦労が飛んでいい日が来ると思えてきます。今年はもっともっと良い年になりそうです。
明けましておめでとうございます。アメブロや、フェースブック、ホームページ、心理療法、がん催眠療法など、病院外で活動を始めさせていただきいろんなひととの繋がりに驚きと応援あり、感謝しています。今年も多くのひととの交流を広げていきたいと思います。そして昨年から始めさせていただいた緩和ケア、スピリチュアルケアの魅力を皆様にお届けして、少しでもお役にたてたら幸いです。
今年一年ありがとうございました。ブログはじめてまだ一週間程度ですが、ありがたいことにどこかで誰かが見てくれていることがこんなに頼もしくうれしいもんだなんて思いもしませんでした。まだとても広がるほどではないのですが、関心のある方が応援していただけることに感謝しています。催眠療法という怪しげなものに首突っ込みましたが、実際に前世療法や年齢退行療法で過去を振り返ったり、悲嘆療法で大事なひととの夢での再会ができると、こういう方法も素晴らしいもんだと感じます。誤解なく、役立つことは生かしていこうと思っています。
催眠療法の第一人者のJHA村井啓一先生からいろいろ教わり、ひとのこころの奥底に潜む苦渋を少しでも楽にできることにこれからも生業としてやっていく上で、視野が広がった気がします。来年もどうぞ宜しくお願いいたします!
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一年ほど前だったか・・葬儀やさんがこんなこと言っていた。緩和ケア病棟で亡くなられた方はいい顔されている人が多いですね、と。誉め言葉と喜んでいたが今ちょっと考え直している。最近は病棟担当をはずれているのでわからないが、一般病棟はどうなんたろう?救急センターなんかまた違うだろうなぁ、て救急センターのDOA(dead on arrival)見て思うのだ。緩和ケア病棟では手厚いケアが信条なのだし、死を待ち望まれている方もいる。一方、救急センターでは予期せず死が突然に追い抜いていき、救命第一だから全力でスタッフは関わるだろう。だから無念の顔が多くって当たり前なのかもしれない。どんな死てあれ、一つの人生が終焉を迎えたわけだから、医療者にはどっとストレスがかかるだろう。あまりこういう話って、仲間内でしないよね?自分は乗りきって対処できるようになってきたが、みんなストレスをどう対処しているんだろうか?よき死を目指す一方で医療者が疲弊していく消耗していく。死に無頓着になっても困るが、医療者のバーンアウトはこれ以上見たくない。
がんになると、体の問題はもちろんこころも脅かされることになる。治るだろうか?手術はうまくいくのか?などなど。がんになっていない者がとやかく言っても、どうせ・・と言われそうだが、このブログは緩和ケアでなるほどこう生きるのかと思わせられた先人の知恵をいろいろ伝えて少しでも役に立つことが見つかってくれれば嬉しいので書いている。いろいろ心理学やコミュニケーションを勉強しても実践で役立つことが大事だから、経験者の経験は机上の理屈で理解できればなおのこと心を打つことが多い。がんになった人がこう言った。体も壊れるがこころも修復できないほどダメージを受ける、どうしていいかわからない、と。その通り、皆さんこういう経過をたどる。でも、そこから立ち直る人もうつ病になる人もいる。その違いはなにか?いろいろ意見があろう。あるがんの先輩の考えは、元気な時は体のことは気をつかっても体のことにこころが囚われることはなかった、がんになってこころが痛みや苦痛で体に弱みを握られ支配されたかのようだ、その囚われから脱するには逆説的だが体のことを考えないことだ、だが、さあ~人は、無視しよう、囚われないようにすればするほど蟻地獄に陥るのだなぁ、考えないようにとか無視しようとかってことは結局そのことをより考える方向に習慣づけてしまうようなんだ、こころは否定語を理解できないってことに気づいたのよ、これはすべての事象に当てはまるようだ、スピーチであがらないように思えば思うほどあがるということさ!こういう時は手におまじない書いて飲んでもダメさーね、楽しむのよ!\(^o^)/その状況を、破れかぶれになったら、道が開けるのさ!だから、こころが疲れて囚われるようになったら楽しい希望を見ることよ、現実そうならなくてもかまわない、そこに暗闇から一条の光が差し込んでくるとやっと囚われの身から解放されたってことさ。実は心理学ではこころは否定語を受け取れないことはよく知られている。煙草を吸わないと思うと煙草がイメージ化されるだけだ。経験から得られた裏付けはすごい。その人は安らかに往生された。ポジティブとは少し違う。全く体やがんのことを放っておくのとも違う。それはそれで対処しつつ、こころは先を向くのだ、より良い自分へと創造していくのだと。その老人は体が朽ちても高次のレベルにこころは行けたのだと思う。だから、死の前で笑顔でいられたのだろうと推測する。

こころは否定語を受け取れない。だから肯定的な創造をすることが囚われの身から解放される一つの手段であることを学んだ。でも難しいね。

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