母の介護、その後朝から通常業務の仕事が続き、忙しいわけではかなったが昼も食べずに午後も仕事。15時30分に今日は早くひと段落が付いた。疲れで、これはいかん、体がもたん、少し休もうか、いかん、書類を・・の繰り返し。

久しぶりにAmazonから届いた本を見て気を紛らわしていたが、やっぱ~り眠くなってくる。抵抗する・・・あかん。

ちょっと30分休むだけ・・ううう・・寒い。村井先生のCD聞きながら自己誘導してリラクゼーション始めたら、一気にアラスカの地で死んで逝った前世に入っていった。白人でかっこいい、我ながら・・・美人の地元の幼馴染と結婚。だが・・寒い。

生まれてから死ぬまで見届けたが・・・なんもない・・単調な人生だった。生まれて美人とは結婚できたが子はなく、友人と狩りに出て吹雪の中で死んで逝った・・・儚い・・わずか30年の人生。

自分でその前世を振り返るが、ほんに・・何もない。前世では町の学校に行って勉強したかったみたいだ・・それができなかったのは自分と似ていた猟師の親父が若くして死んで母を介護しなければならなかったから・・うそだ・・前世でも介護してるわあ・・介護して学校に行けず地元の子と一緒になったはいいが、猟に行って死ぬという単調なストーリー。

単調だが前世の自分の中に入ってみると、彼から「良かったね」と返事あり。「立派になっているね、介護しながらも仕事もやって、しかも人助けしているなんて、すごいね」とお褒めの言葉がある。「僕は若くして元気で健康のままで逝ってしまったから子供もいない、よかったね。妻をよろしく頼むよ。僕の健康あげる。要らないものをもらっておくからさあ、体疲れているんだろう、悪いところ僕がもっらて死んで逝くから」なんて優しい前世の自分がいる!「お~ありがとう。君の分まで体を大事にするよ、少しは女房を大切にするわ」と返事して、ふーと雪の中に埋もれてどんどん顔が雪で覆いつくされてお別れした。

繭の中に包まれるような暖かな白い世界に一気に舞い上がっていき、気持ちよくリラックスできた。

ハリポタで出てくるランブルドア校長のようなマスターが来て、厳しい顔でみられたなあ。
「お前の今していることは正しい、勇気も授ける」と・・・言ったか言わないうちにアラームが鳴って今生に戻ってきた。

自分の人生を見つめる、自分の死を見つめる、こんな話をいい年の医者が夢物語を廿楽に書いているとおかしいと思われるだろうが、精神世界の巨人のユングもワイス博士も取り組んだ課題である。私もほんの数年前まで狂っているのかと批判していたが、自分の内なる世界を探究する勇気を持つと見えてくることがある。

人生は不思議だ。生々流転する体細胞のように、生まれては、傷つき排除されたり、役割を果たし、アポトーシス(死)を起こしたり、反逆(悪性化)したりする1つの細胞に過ぎず、肝臓に生まれたら肝細胞であり、脳であればの細胞として生き、皆が集まって体という大きな構成を新陳代謝しながらみんなで支えている。でも生まれる時はどんな細胞にもどんな人間にもなる可能性を秘めて生まれてくる。そしてそんな細胞が集まって1人の人間を構成し、人々が集まって国を成し世界を構成し、時にはテロのような異分子も出るが、戦い生きながら、まとまりながら、引いては宇宙を構成していると考えてみると、連綿と続く永遠の時間のなかにポツンとある自分や1個の細胞なんなんだろうね。役に立っていなくっても役に立っていても、全体の構成に必要性の中で生み出され次にとって代わられる存在なわけだ。

大事な人、愛おしいペットを亡くされると多くの人は悲嘆に沈むものでしょう。




悲嘆を癒すのは時間だけでしょうか?突然奪われる場合もがんであっても、還ってくるものではないのだからって納得しようにも、どうしたって気持ちが戻らないでしょう。何とか心におった傷を癒しながら日常生活を立て直していくわけですが、大事な人やペットを喪失することを埋めていくのは並大抵のことではありません。悲嘆の心理学があります。お話を聴き、語り、癒しを得ていくプロセスを得ると気持ちは少しは和らぎますが、まだmだこころは納得するものではないようです。そんな時、外ではなく自分のうちに、その大事な人やペットを見出して、つながることがあります。何気なく風が吹いてそこにいるような感じを受けたり、夢で表れてきたり、ふっとした中に見出すことはよく聞かれます。




もし、それが自分の中で語ることができ再開することができたら、どうでしょう。




現実には会えないとしても、自分の中にいつも一緒にいると思えたら・・・




私が催眠療法を用いて悲嘆療法を行うのは、顕在意識で心理学手法を用いたり、時間がたつのを待っているよりは、潜在意識に積極的にかかわる方が、早くそして安全で実感が強いからと感じたからです。




愛する伴侶をがんで亡くし残され途方に暮れていたおじいさんは、催眠療法を用い潜在意識にはいったとたん、亡き妻に再会できました。現実にあり得るわけではないでしょうが、科学で割り切れないこころの仕組みを人間は長い歴史の中で知恵として獲得してきました。このおじいさんは再開して「あとで逝くから待っていろなぁ」って言って、癒されていきました。




非科学的と言われても、現実のおじいさんが悲嘆から現実の生活を取り戻したことは本当に素晴らしいことです。




悲嘆療法を味わってみることは未完のことをひょっとしたら完結できるかもしれません。




■「悲嘆療法」村井啓一氏(編著)より


死別や離別などでコミュニケーションが取れなくなった人やペットと催眠療法のもとでコミュニケーションを図ることにより、悲嘆者と被悲嘆者の間の相互理解を図り、こころと体、魂の癒しを導く方法です




悲嘆療法のセッションはこちら→http://iedatherapy.jp/wp/greeef-therapy/



チクセント・ミハイのフロー理論

サッカーや野球で奇跡的なプレーが起こり、ファンの力が後押ししてくれたとか、仕事のプロジェクトで皆のパワーがそれ以上の達成を増し遂げるなどの事例は枚挙にいとまない。これがチクセンント・ミハイのフロー理論と呼ばれるもの。詳しくはネットや天外伺朗氏の本などを参照されるとよい。
我々は科学では計り知れないパワーをもっている。集中していると何もかもうまくいくような状況になることがある。前回「医療者編」で述べた止揚の状態、最近スポーツ選手がよくいうZone(ゾーン)っていうのもそうだろう。不思議なことに潜在意識の力が思う存分発揮している時は他人の力や場の力も味方するようだ。
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どうしたら止揚できるか?

切羽詰まった状況に置かれると、つまらない選択をしたり妥協したりすることはよくある。こうした場合は顕在意識で判断し、自分の内なるパワーを信じていない。逆に高みに止揚できる場合は、日頃からの鍛錬の成果が存分に発揮できた時や自分を信頼できた時に起こるといってよい。誰だって受験や試合などでいつも以上に自分では信じられないような力がでることはあるはずだ。これは潜在意識の力と言ってよい。自分の中にこうした力があるとすれば、どうしたら取り出すことができよう。まずは潜在意識にめをむけること、そして日頃から潜在意識を鍛錬し育てていくことが肝要だ。
潜在意識の力を呼び起こすにはそれなりの訓練がいる。さりげなく自然にできるスターもいるだろうが、普通は訓練がいる。イメージトレーニングである。瞑想はその最たるものと言えよう。最近、スポーツの分野でメンタルトレーニングが流行っているが、イメージ下の意識付けは大きな力を発揮することがわかる。
結果的に達成できているイメージを疑う余地なくこころに描くことが非常に重要である。大事なことはこころのありよう。こころのありようは体に与える影響も大。逆もまた真なり。体を愛おしく大事にしていると、こころも穏やかに良い状況に変わっていく。簡単なリラクゼーションや呼吸法を実践するだけでもよい。体に感謝「ありがとう」と声をかけ、さすってあげることもいい。先ずは意図して変えていく意識をしっかり自分にもち、潜在意識を信じ、体につなげていくことがよい。目標を達成した自分のイメージを創造し、今の自分に合わせていく。
イメージ! これがひとを大きく動かす潜在意識を活性化させてくれる。

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自然であれ、神であれ、宇宙であれ、自己を超えた存在に身を委ねることはある意味大切なことかもしれない。畏怖を感じながら尊念で接することは自己の立ち位置としてはよくあることだ。終末期がん患者をみていると、その耐えがたい苦痛から自己の全存在を委ね、苦痛の開放を図ろうとする人も見受けられる。中には魂が抜け殻のようになっていく人すらいる。それが良いも悪いも言わない、そうせざるを得ない状況で判断した究極の選択だったろうから。が、超越なるものが存在したとして、今生の人生最終的に選択した結果が自己の全存在を委ねた場合、果たしてその超越なるものは受け入れてくれるものなのだろうか。人類の歴史や文化、宗教の知恵に照らし合わせて考えてみると、是か非か判断は分かれるものの、1つの考えとして、今生で抱えた課題に気づき一定の努力を果たさないで、自己の完結を自ら幕引きをしないとなると、それはもし次に生まれ変わる輪廻の考えが存在するなら、その課題を完結するまで超越者は強いてくるという考え方もある。この考えに立てば、耐え難い苦痛に向かう中でも自己完結を(完結しなくても)目指すことは次の高次へのStep-upに必要な過程と言える。生きざまを良質に洗練していくことが真の人間の与えられた課題であるとすれば、各々がどのように自分はBrush-upできるかを最期まで自分なりに打ち出していかねばならない気がする。
緩和ケア病棟で「良き死」に出会う。これは定義が難しい。が、多くのひとがこう死ねたらいいなあと思う類のものである。今、この一瞬の世界に、いろんなレベルのひとが存在しそれぞれに課題を見つけては、向き合ったり逃げようと、もがいているのが現実世界といえよう。洗練された高みのレベルに飛躍するには、相反する二者の択一ではなく、相反する両者を統合していかねば飛翔は得られないと思う。ドイツ哲学のヘーゲルが提示した弁証法的止揚(aufheben)という言葉を実践することは難しいが、こうした解決の仕方があることを再認識する。あれかこれかの選択を迫られる中で、一方を選択するのでもなく、かといって落としどころをつけて双方に不満を残す決着をするのでもない。上を見よ。相反することを統合した高みの世界に目を向けない人には気づかない。超越したものに目を向けることは、委ねることばかりではない、自らを高めていくことに気づくきっかけになる。
私がなぜ医師でありながら催眠療法‘も’やっているのか?

末期がんの患者さんをたくさん見てきて最初に気づいたことは身体的なことだけが苦ではない、薬でどうにかなることでもない、という当たり前のこと。ただこれらは緩和ケアを実践していくうちに

精神的なこと社会的なことの多くは多職種アプローチや社会資源でもなんとかなるということだ。だからさまざまな研修会がノウハウを伝えている。だが、よくある手法で原因を見つけ対処するという問題志向型のアプローチは限界がある。原因がわかったからといって今さらどうにもならないことも多いからだ。問題解決型のアプローチも限界が当然ある。死に関することの多くは成功例の報告や結果の検証ができないからだ。ここで私は悩んだ。苦はその人特有のものでありその人の苦しみからの解放はその人が抱えてきた苦そのものにありその人自ら道を見いだしていくしかない、ということだ。だとしたら、スピリチュアルケアにおいて私は医療者は何をお手伝いできるというのだろうか?心理や哲学、宗教をかじってきたのである。キリスト教の牧師や仏経の方々、本にも学んだ。身近にいた千光寺の大圓さんの手法も見てきた。結果は真似ても無理だということ、医師の私が及ばぬことだ。医師として私がお手伝いできることにはたまた悩んだのである。援助者としてなにができるか?横浜で在宅医療を展開する小澤先生はすごい。信念を貫いて道を開かれている。医師として感じたことは、同じ医師でも緩和ケア医としての私にできることはなにか?この問題がずっと頭から離れないでいた。別に独自のやり方を見つけようとしたわけではない。彼らは彼ら、私にできることはなにか?それがこびりついていたところ、不思議なもので以前私の外来に疼痛コントロールで診察に来られた乳癌末期の女性が藁にもすがるつもりで川崎のがん催眠療法をやっていたイーハトーブの萩原優先生に行かれた。当時は痛みもとれずに戻ってきたので、催眠なんてもんで痛みや苦しみがとれるわけないって言ってたのに、ふっとある時思い出した。そういえば痛いのは痛いのに「人生を生ききって頑張れた」って。うーん、怪しいけど何かあるのかなぁ・・。スピリチュアルケアを自分なりに模索していると、せん妄という精神意識障害は瞑想に近いものがあることに気づいた。つまりこころの奥底に繋がる潜在意識に入っているということだ。私は父の影響で中学から瞑想を自己流でやっているので、瞑想を病棟に持ち込んでみた。たまたま大圓さんに感化されたナースが緩和ケア病棟で始めた朝の3分瞑想もよかった。患者も医療者もスピリチュアルに生きる時間を少しでももつことは確かにいいことだった。でも次にまた問題が見えてくる。末期のがん患者さんは身体的に瞑想という形では楽な姿勢や呼吸にもっていきにくいこと、瞑想に自分で入ることが困難なことに気づいたのである。自分を探求できる状況にある人は是非瞑想を進める。だが、予後が1~2ヶ月で、生と死の渊にある状況では、限られた時間にできれば苦しみとともに安寧をもたらす援助ができるのか?と言うと、先ず、自分一人では無理だ、援助が必要だ。がん末期の自分一人では思うようにならない患者さんに医師の私が、スピリチュアルな面までできること、それが催眠療法のテクニックたったのである。そして実践して気づいたことは、もう医師という形にこだわらなくてもいいということ、悲嘆にある遺族の方にも適応できるということだった。残念ながら誤解もあり病院では催眠療法を使ったスピリチュアルケアは難しいが自分の中でとりあえず合点がいき、腑に落ちた方法も活用しながら広めていこうと思う。ここまでもし読んで下さった方がみえたら感謝します。
自分が死ぬときに最期に何を思う?そして自分が死んだあとに皆になんて言われるだろうか?って、考えたことある?「あの時ちゃんと治療してくれたらこんなことになりはしなかったのに」と嘆かれる方がいる。最期に「あそこであんなことしなけりゃこんなことになりはしなかったのに」「子供達も、孫もいい子をもった」などいろいろ浮かんでくる、死に逝く人たちの話を聞く。そして残された遺族や親しい人たちは「仕事一筋で家庭はほったらかしだった。」「嫌な奴だったけど死んだら仏だもんな」「惜しい人を亡くした、これからなのに」などなど。臨終の間際にはいろいろな話が耳に届いてしまう。少し時間がたつと言葉には本音が隠され一応死者に対する儀礼的な言葉で覆い被せられることになっていく。これから死を迎える人は最期どう生き、どう死んでいきたいか、一度振り返ってもいいかもしれない。私の父は最期に「二人(兄と私)とも立派になっていい子だった、ありがたい。」と母に言い残したそうだ。それが私には最高の言葉であり、これからの支えにもなったし、自分が死ぬときもこう言い残したいと思うようになった。なかなかこういうことは言えない。今までの何十年の人生の結果だからごまかせないし、他人が評価することでもあるからだ。だからこそ精一杯生きることがやっぱり大事なんだと思う。

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悲しいかな、急逝された方がみえました。たくさんの家族に囲まれて「愛」を感じました。「もう私は直に死ぬの。わかっている、だからもう良いの、子供達には迷惑かけたくないからそっと逝きたいけど・・怖くはないけどあっちはどんなだろうね。」ほんの一日前に伺った会話では穏やかで、受容されてみえました。亡くなる数時間前には目を開けているのに遠くを見つめてすでにあちらの世界に移っているかのようでした。旅立たれる前によく、あちらの世界にすでにこころが逝っちゃている人が多いと感じてきました。こんなときは現世と彼岸の世界が開けて繋がっているじゃないかなあ?
仕事柄末期がんの方を特に多く診させていただいているので話もそんな話ばっかで申し訳ないなぁと思いつつ、でもだから読者数がそうは伸びないのも致し方ないと納得するこの頃です。でも普通の人はあまり経験することがない体験を毎日のように見ていますと、たくさんの人生勉強が出来ます。本当に最期を迎える方は(がんの方ですが)、生きてきたように最期を締めくくられるかのようです、よきも悪きも。実に日本人的ではありますが、ご遺体も、周りの雰囲気や反応を見ても、その人の人生の歴史であったり成績表を示しているかのようです。亡くなった方は、死後自分の亡骸を客観的に見られるのでしょうか?答えは返ってきませんが、残されたわれわれは少なくとも見られるので、「他人のふりみて、我がふり直せ」といいますが、つくつぐ自分の生き様を反省する次第です。
自分が、一切墓場に持っていくという考えも・・ 

長い人生生きてきていろんなしがらみで、どうしようもなくがんじがらめになっている人がいる。断ち切りたくてもできずにそのままとなっている関係性が最期に噴出し、自死を図る方は少なからずいるだろう。一方で最期まで身動きできないならと自ら全部自分で全部を背負っていく人もいる。緩和ケアの現場では体も動かなくなるが、全ての責任を背負い、敢えて次の世代に禍根を負わせないで、口をつぐんで去って逝く方がいた。幕末に西郷隆盛が武士の不満を全部背負い西南戦争を起こして自らを犠牲にして新たな時代を進ませたような生きざまである。自分の撒いた禍を次に残さないという、最期に見せた意思をそこに見た。自分が悪いとはいえ、残された人がその方の思いをせめて感じてあげたら、と思う。最期に見せた生き様、生きた意義を振り返ってみると、我々にも勉強となる。

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