絶望の話を書いていたら思い出した。ともに末期がんの老夫婦の話。どうも人生末期になると昔の話をする人が多い。この人も若い頃さんざん遊んで家庭を省みなかっらしい。奥様が子供も自分の親のことも面倒見てきてくれて、自分ががんになって困ってたら、妻もがんだって知って、罪滅ぼしで、それからできることは頑張ったって。でも何しても許してくれない。私も奥様に関係性の修復に関わったが、何十年もの恨みは重いよね。他人がよりを戻せるほど簡単なものではない。彼は献身的に奥様に関わるうちに治療が効き痛みもとれたが、奥様はどんどん悪化の一途。朦朧としながらも彼を責め立てる、罵倒の嵐って、こんな感じか?おお怖~。そして、予想通り奥様は天国に旅立たれたの。残された彼は茫然自失、修復できずの未完のままとなった。絶望はさらに自分をおとしめていく。ある時生前の奥様をしのびながら悲嘆療法を試してみた。混沌とした精神状態ではすでにこころはトランス状態だから、奥様をイメージで思い出したら笑顔で楽しくやっている様子だという。そして、温かく受け入れ許してくれたって。絶望も希望に変わることがある。それが大事!もっと大事なことは若いときから家族を大事にすることか!反省。


緩和ケア病棟HP(http://iedatherapy.jp/hp/
)


家田HP(http://iedatherapy.jp/wp/
)

朝何気なくテレビを見ていたら心理学者の加藤諦三先生が言っていた言葉が耳に残った。「絶望はいろんな仮面を被ってやってくる」と。そういえば同じこと言ってた患者さんいたなぁー。絶望に陥ると、時には現実逃避で酒や薬にいくことも、またある時は内面に向かって自分を破壊してしまううつ病に、回りを攻撃すれば過激になり家族や看護師に当たり散らし、神を恨んでいたと。そして結局私の回りに誰もいなくなったときに、スッキリどころか異常に寂しくなってしまった、と。人生自分でダメにしちゃったという。あの時何も良いこと言えなかったなぁ。そして、彼は寂しく逝った。振り返れば、確かにその通りの人生だったろうし、私たちがちゃんといますよ、なんて緩和の偽善に思えた。回想法を始めたきっかけだった。催眠療法をはじめてからは、例え死んでも死後でも、未来に焦点を移していく。絶望も希望に変わっていくことがあることに、最近気づいた。

名古屋でがん哲学外来カフェをした時の、ある患者さんの発言。乳がん患者の会で話をしていたら「あなたは核出術で済んでいいわね、私なんか全摘されたのよ」って・・・その人はリンパや他にも転移してしまって明らかに進んでいるのだが、あなたは少しで済んでよかったねってなことになり、悲しくて、辛くて・・・と。同じく乳がんといっても確かに病期も経過も人それぞれ違う。優劣で競っても何もうれしくはないのだが・・・。ひとはどうしても比較して自分の立ち位置を推し量る傾向にある。比較そのものが有益性が見られなくても、だ。何気ない言葉にいろんな思いが載せられて相手に伝わっていく。気配りのつもりが、逆に相手を傷つけてしまうことも。言葉って難しい。勇気づけのつもりが勇気くじきになっていることもある。よく話を注意して聞いてみよう。世の中には偽勇気づけと勇気くじきの、なんと多いことか!本当の勇気づけは、そのひと自らが一歩を勇気をもって踏み出すように支援することであり、引っ張って連れていくことでも背中をどんと押すことでもないのよ、心理学的には。だからあと一歩を踏み出せるよう支援していくためにも言葉は大事。そして話し合うことが大事。あなたの勇気づけは?


緩和ケア病棟HP(http://iedatherapy.jp/hp/
)

家田HP(http://iedatherapy.jp/wp/
)

緩和ケアをやっていると、毎日のようにひとの苦と死を見ることになる。それもつらい。が当然のことだが、本人はもっとつらいだろう。だが抗癌治療が奏功せずに末期がんと診断され緩和ケア病棟に入られたある高齢のおじいさんはみんなに愛され尊敬され活き活きと過ごされ、最期は遠くを夢見るように笑顔で旅立った。生前に、どうして苦を苦とも感じずに楽しく生きられるのか、不思議に思って聞いてみた。最初はどうしていいかもわからず医者の言うとおりに治療を受けていたが、辛いばっかりでこんな年寄りだからもう死にたくなってきたという。そうしていたら、生きたい。自分の持てる力を振り絞ってでも生きたい、そして生きてきた証を残したい、そう思うようになってきたって。このおじいさんの病室にはリハビリ用のルームランナーと自転車が置いてあり、途中書きの油絵がイーゼルにかけてあり、難しい書物が所狭しと積んである!朝は髪結いして髭をそりコーヒーを楽しんで服を着替える、きちんと。看護師もこの人の部屋に入ると、話題が尽きないでいられる。苦しいことばかりだからそんなことが頭から離れない・・・でもある時、こんなことに残りの時間とエネルギーを使っているなんてもったいない、残された時間とエネルギーを大事にしなくちゃって思えてきたそうな。そして、そろそろ死期が近づいてきたときも、死んだら本当にどうなるんだろうね?先生知っている?知らんよなぁ~誰も・・・ハ・ハ・ハ!輪廻転生って本当にあるのかな?先生どう思う?そう考えると次は何になってやろうか、とか、そろそろあっちに行ってみてどういうところなのか見てみたい気がする・・・なんかワクワクするような感じかな。って死ぬのも楽しみなよう。このおじいさんのことをスタッフ全員で振り返ってきたカンファレンスで、死=苦痛ではなかったね、残りの生を生き切ったひとだったね、と。私はこのひとから、こころのありようで「生きること、死ぬこと」にちゃんと向き合うことが大切だってことを教わった。そして死んだらどうなる?死ぬとき、死んだ後までちゃんと考えておけよ!って宿題を託された。スピリチュアルケアや死後についても興味が起こったのはこの人のおかげ。心理学や死生学、催眠療法も勉強することになった。物ではなかったが私たちのこころにいろいろ残していってくれたことに感謝!


緩和ケア病棟HP(http://iedatherapy.jp/hp/
)


家田(HPhttp://iedatherapy.jp/wp/)

長年がん診療に携わってきて感じることがある。がんと告知され、つらいと思われるのに明るく人生を全うされ、みんなに愛され、笑顔で逝かれるひとがいることを。誰だって、もちろん私だって、がんの告知を受ければ、ショックを受け、その後の人生に希望の光なんて消えてしまって、お先は真っ暗な闇に覆われてしまうんではないかと不安に駆られてしまうと思うのに。緩和ケア病棟(http://iedatherapy.jp/hp/
)では良く生き、良き最期を迎えていく素晴らしい"できたひと”がいる。「苦しいはずなのにどうしたらそんなに明るく活き活きと過ごすことができるんですか?」と聞いてみたことがある。そんな話を私なりに心理学や医学的な観点も交えて、今困っている人たち伝えていけたら、ひょっとしたら何か少しでも勇気やエネルギーや希望の光になってお役にたてるかもしれない。誰が見ているかもわからないけど、緩和ケアや心理・催眠療法を生業にしている私の責務のような気がして少しずつ始めていこうと思う。http://iedatherapy.jp/wp/
ブログを始めました。
催眠療法も始めました。

こころのケアが必要な時代に、催眠療法は比較的短時間で潜在意識に入って癒される良い心理アプローチだと思う。

催眠療法は、誤解もあり不安にもなるかもしれないが、しっかりとした指導を受けたセラピストであれば、過去生や前世に学び、こころの辛さが和らぎ、落ち着く療法である。

がんの患者さんや御家族、医療者も心身ともに疲れてきている。催眠を元にしたリラクゼーションや治療で、心が癒され明日からもう一歩踏み出す気持ちになれるよう応援します。