咬みつくイヌ、そのイヌに怪我をする飼い主さん。
イヌを直そうとする人に一言!
「何が悪いんだ!」
イヌからそんな声が聞こえる。
嫌なことを避けて、好きにさせたのは誰だ!
咬めば何でもやめてくれた。
イヌにはイヌの言い分がある。
イヌは自分たちの常識的行動をしただけ。
何が悪いのかなんて教えてもらったこともない。
かわいい、何でも思い通りにさせてくれたけど、何も教えてくれなかった。
だからわからないんだ!
ダメだということ、してはいけないことを教えるのは親の責任であり、それが「しつけ」
それを怠った、教育という競育に負けた結果なのです。
親は強く、頼れる存在でないと。
負けるような相手に、弱く攻撃(体罰、暴力、怒鳴る、脅す)してくるような相手を信用できるか!
頼れるか!
こうした咬むイヌの姿から色んな声が聞こえてくる。
でも、その声を無視して、イヌが悪いと手放したり、手放しイヌを矯正するのは本当に人間としてどうなのか?
彼等の本来の姿なのです。
牙を持った動物であることを認めてあげること。
だからこそ、私達はしっかりと育ててあげてこの牙を使わない教育を、私達が責任もって真剣に命の育みと向き合わないといけないという警鐘が咬みつき問題だと思う。
いやし、可愛がる・・それは人間の都合のいいこと。
それよりも、命を育むということの大切さを子どもたちまでどんどんと薄れている現在。
もっとイヌという動物の本来の等身大の姿を知る・・そこから見直さないといけないと思う。
意味もわからず、何が悪いのか?教えられずにこの写真のように怒るイヌの意見も聞いてあげてほしい。
イヌは逃げられない、飼い主を捨てられない。
人間のように身勝手な行動なんてできないから。
皆元々は純粋に人間と共に共生できる素質は持っている。
それを育てるか、放置するかがこの結果です。
私達にトレーニングが必要な時代です。
そして、私達が習う時です。
それが本来のイヌへの愛でしょう。
好き嫌いというのは都合であり、命は大切にしないと。
都合のいい相手なんて、意思のない相手だけでしょう。
そんな相手はいません。
イヌにも心も感情も、そして意思もあります。
ぶつかって当然。
でも、それを怒らず、教えるのが私達迎える、命を迎える親の務めです。
苦しい時こそ、本当の愛を試される時。
逃げるなら、それは愛じゃない。
苦労させてもらえて、こうして努力させてもらえることへの感謝、それが幸せだと思う。
良い時なんて結局、一人でいい。
でも辛い時こそ、相手が必要。
私は、学び、成長をさせてもらう機会をくれたこうした犬達と共に「共育」をする。
共に育つことに上下も服従もない。
共に汗水流し、苦労し、乗り越える。
相手より倍努力することは、リーダーとして当然だし、それであってリーダーでしょう。
あぐら組んで座って、動きもせずに、命令ばかりする人に私はリーダーなんて認めたくないし、
そんなのリーダーじゃない。
その中には、感動と喜びしかないから。
甘やかすのは、結局は自分自身を苦しめることに。
どんなに逃げても後から倍になって追いかけてくる。
だったら、今苦労した方が、我慢して時には今だけ小さな鬼になってあげる方がいい。
大魔王になってしまうよりも、よほどイヌにも自分にも優しいではないでしょうか?
私もイヌと共に叫んでみたい!
「何が悪いんだ!!!!!!!!」
だから、私は咬みつく、吠えるイヌ専門のカウンセラーをやりたかった。
彼等は筋がね入りの素晴らしいリーダーだから。
人にそれを教えているのだから。
教えられない、教えてあげられる自分にならなきゃって彼等から気づかされる。
